□そっけないふりをして
なんというか、猛烈に後悔している。
あれだけ、暴力をふるってきたり暴言を吐いたり、こっちの意思に反して行為を強要してきたりした犬飼に、あろうことか俺は、俺は。
「ひとまず東尋坊か青木ヶ原樹海に行こうと思うんだが、どっちがいいかな」
「まずは落ち着けみょうじ、それはどっちもダメだ」
真顔でそう言ってみたら、二宮はわずかに顔を青ざめさせて、俺の肩をつかんできた。
冗談だと訂正すれば、お前の冗談は冗談に聞こえないと不機嫌な表情のまま言われ、苦笑いする。
「……で、何があった」
「ああ、うん。自分がダメ男なのかと思って絶望してただけだ」
「ダメな部分は色々あるが、絶望するほどじゃないだろ。一体どうした」
勢いのままあんなことを言ってしまったが、原因を言うわけにもいくまい。
俺はなんでもないと話を中断させ、授業アンケートの続きを書く。二宮もその様子を見て、しぶしぶと作業に移った。
最後の項目までマークしたところで、アンケートをすでに終えた二宮が呼びかけてきた。
「みょうじ」
「なんだ?」
「詳しい事情は知らないが、……何かあれば力になるぞ」
「……そうか」
向かい側の二宮を見る。
じっとこちらを見据える目に居心地の悪さを感じつつ、俺は目を伏せて礼を言った。
「ねー、なんかみょうじさん元気なくない?」
俺のパソコンの陰からひょこりと顔を出し、犬飼が首をかしげる。
お決まりとなってしまった行為の後。
俺はレポートを作ったり、場合によっては締切間近の原稿を仕上げていたりする。
今回は前者で、ゼミの中間報告書を作成していた。犬飼は俺の向かいで英語の問題集をやっている。
この間少し教えたら点数が上がったらしく、俺のレポートが終わるまでは一緒に勉強すると決めたらしい。
しかし先ほどから、飽きたのか俺に話しかけてばかりだ。
「別に、いつも通りだ」
「まあ陰気な顔には違いないけどさ。寒い?」
「いや。それより終わったのか?」
「…………」
黙った、ということは、わからなくて詰んでいるのか。
ため息をついて、椅子から立ち上がり犬飼の後ろに回る。肩越しに教科書をのぞき込むと、少しひねった問題にぶち当たっていた。
少し古い言い回しだからか、答えあぐねているようだ。
「これは言いかえれば、こっちとほとんど同じ構造だぞ。ほらもう一回」
「ええー。もう飽きたよ、休憩にしようよ」
「さっきからそう言って、全然進んでないだろ」
「だってー」
「いいからやれ。二宮に褒められたいんだろう?」
これはある意味マジックワードで、この一言だけで、犬飼は奮起する。
今もイヤイヤながら再びペンを取り、問題に挑み始めた。
その様子を確認してから、再び手元に目を落とす。あと数行で終わる中間報告は、その最後の数行を何度も何度も書き直していた。
「犬飼がしょっちゅう話しかけるからなかなか終わらん」
「えー、何それ俺のせい? わかったって、頑張ればいいんでしょ」
「お前それお前自身のためにやってるからな」
唇を尖らせてやけ気味にペンを動かす。
犬飼が話しかけるから終わらないんじゃなくて、俺が話したいから終わらせないだけなのだが。
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