□虫よけ
よし、と誰にともなく呟いて、俺の目線より大分下にある風間さんの肩をつかみ、引き寄せる。驚いたように鋭い目が丸くなったが、お構いなしにスーツの首元を少しくつろげて、そこに噛みついた。
「っ、おい」
焦った風間さんの声と、少しだけ香る整髪料の匂い。髪も整えているのか。
噛みついたそこを舐めて、強く吸う。びく、と小さな体が跳ねた。
顔を離すと、白い肌にそこだけぽつんと、赤い痕が残っている。
「うし、オッケー」
「何もオッケーじゃない」
「んぶふっ!」
今度は肘が俺の顔面に入る。
バイオレンス過ぎないか風間さん。
「何してるんだ」
「虫よけです、虫よけ。大丈夫ですよ、きちんとすれば見えないから。ぎりぎりだけど」
くつろげたシャツとネクタイを直す。
時折ちらりと見えるくらいの位置についた痕は、風間さんの髪じゃ隠れない。
我ながらナイスなポジションだと満足したら、風間さんは心底呆れた、という顔でため息をつく。
「つくづく、お前はバカなやつだ」
「何をいまさら。風間さんバカです」
「俺がバカみたいに聞こえるからやめろ。それに俺はみょうじ以外には振り向かないぞ」
「あ、やべえきゅんときた。式から帰ったら俺のアパート寄ってくださいね」
そういうと、風間さんはこてんと首を傾げて。
「脱がせたいのか?」
にやりと、それはもういやらしく笑う。
だから俺も、同じような笑みを返した。
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