虫よけ


よし、と誰にともなく呟いて、俺の目線より大分下にある風間さんの肩をつかみ、引き寄せる。驚いたように鋭い目が丸くなったが、お構いなしにスーツの首元を少しくつろげて、そこに噛みついた。

「っ、おい」

焦った風間さんの声と、少しだけ香る整髪料の匂い。髪も整えているのか。

噛みついたそこを舐めて、強く吸う。びく、と小さな体が跳ねた。
顔を離すと、白い肌にそこだけぽつんと、赤い痕が残っている。

「うし、オッケー」
「何もオッケーじゃない」
「んぶふっ!」

今度は肘が俺の顔面に入る。
バイオレンス過ぎないか風間さん。

「何してるんだ」
「虫よけです、虫よけ。大丈夫ですよ、きちんとすれば見えないから。ぎりぎりだけど」

くつろげたシャツとネクタイを直す。
時折ちらりと見えるくらいの位置についた痕は、風間さんの髪じゃ隠れない。
我ながらナイスなポジションだと満足したら、風間さんは心底呆れた、という顔でため息をつく。

「つくづく、お前はバカなやつだ」
「何をいまさら。風間さんバカです」
「俺がバカみたいに聞こえるからやめろ。それに俺はみょうじ以外には振り向かないぞ」
「あ、やべえきゅんときた。式から帰ったら俺のアパート寄ってくださいね」

そういうと、風間さんはこてんと首を傾げて。

「脱がせたいのか?」

にやりと、それはもういやらしく笑う。
だから俺も、同じような笑みを返した。

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