それ、着てていいからね


俺が全快しても、犬飼には風邪はうつらなかった。
ああやっぱりバカだからかと思ったが、口には出さないでおいた。既に二宮が言っていたらしいからだ。


「あ、ねえみょうじさん、寒くない?」
「は? 別に平気だけど……」
「そう? ならいいけど、もしそうならすぐ言ってね」
「ああ……」

風邪をひいた日以降、犬飼はしょっちゅう俺の体調を気に掛けるようになった。

今みたいに寒くないか、暑くないか聞いてきたり、くしゃみなんかしようものなら熱を測られる。そこまで深刻な風邪でもなかったというのに、一体どうしたのか。

小レポートを書く俺の向かいで、エアコンを28度に設定する犬飼に聞いてみた。

「なあ」
「んー?」
「なんでいきなり俺の体調なんか気にしだしたんだ?」
「え? ああ、だってさ。みょうじさん一人にしといたら、なんか死にそうだなーって」

にっこりと笑顔で言われた言葉は、俺が顔をしかめるのに十分なものだった。

「言うに事欠いて、死にそうってなんだ」
「えー。だって、俺が来るまで冷えピ○すら貼ってないし、冷蔵庫見たらお酒とゼリーくらいしか入ってないし、二宮さんに言われて、俺が買ってたからいいものの、風邪薬もないし。ほっといたらもっとやばかったっしょ?」
「…………」

悔しいが、返す言葉がない。
お前は俺より生活能力ゼロ、と太刀川に言われたことがあるが、実際のところその通りである。困らない程度の家事はできるのだが、つい面倒になって適当に済ませたりやらなかったりする。
滅多に病気をしないから薬も買わないし。

だから、犬飼が来たとき、正直言って物凄く助かったのだ。

だからと言って死ぬとまではいかない。はずだ。多分。

「そういえば、みょうじさんって、家族は? 俺会ったことないけど」
「今は……北海道だったかな。……いや、ブラジルか? 前は確か平壌行ってたんだが」
「はっ!?」
「もともと旅行好きでな。父親が亡くなってから拍車がかかって、今じゃ数年に一回帰ってくるかこないかだ」
「……な、なんの仕事してるの?」
「医者だったり教師だったり、まあ色々」

生活費なんかは、高校生くらいまでは振り込まれていたが、大学生になったら「ひとりでがんばれ」の手紙が来て以降はなくなった。
その頃には小説が売れたのと、ボーダーの給料とで生活できるようになっていたから、それでもなんとかなっている。たまに来る絵葉書で現状を知るのがデフォである。

犬飼が家族破天荒すぎ、と苦笑いしているのをお前ほどじゃないと言い返したら、

「……っく!」

鼻が突然むずついて、口と鼻を抑えつつくしゃみした。

途端に犬飼はエアコンを消し、きょろきょろとあたりを見渡す。しかし目当てのものはなかったのか、ため息をつくと俺の方まで寄って来て、自分の上着を俺にかぶせた。

「それ、着てていいからね」
「おい、別にここまでしなくても」
「いーからいーから。また風邪ひかれちゃ、やりたい時にできなくて困るし」
「…………」
「冗談だって」

目が本気だったのだが。

犬飼はけらけら笑うと、俺の隣に腰掛けて、しなだれかかってきた。
山なりになった眼でこちらを見上げて、指で俺の顔の輪郭をなぞる。

「みょうじさんのことは、俺が見ててあげるからね」

その言葉のせいか、それともずっと前からか。
俺が犬飼に抱いていた感情が、その形を変えてしまったのを感じた。

恋って本当に落ちるもんなんだな。

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