ここに、あなたがいた証


寝室にみょうじさんを運んで、ベッドにそっと下ろす。
唸りながら布団に戻る様子は、なんだか幼くて新鮮だ。

さて、優しくしようと決めたが、果たして何をすればいいのか。ぶっちゃけ看病なんかしたことないんだけどな。とりあえず冷え○タ貼るか。

「みょうじさん、おでこ出して」
「あ?」
「冷えピ○貼るから、ホラ。ていうかそれもしてないの?」
「氷嚢派……」

なんの派閥だろう。

お見舞いの品のなかから冷えピタを取り出し、熱い額にぺたりと貼る。ほ、と息を吐く様子にやっぱり笑みがこぼれた。なんか、かわいい。
思わず、鼻に軽くキスをした。

「……さて、そんじゃ食べ物とか冷蔵庫しまってくるね。ちょっと待ってて」
「んー」

ぼんやりとしたままで、キスされたことも気づいていなさそうなみょうじさんがそう答える。
部屋を後にしながら、どうして自分がそんなことをしたのか考えてみたが、よくわからなかった。

◆  ◇ ◆ ◇

何かが鼻に触ったような気もしたが、そこまで気にもせず、俺は眠りについた。
しばらく眠って目が覚めると、何やら枕元で悪戦苦闘している犬飼が目に入った。

「……何してんだ」
「あ、みょうじさん、おはよ。いやさ、リンゴでも剥こうかと思ったんだけど」
「それ、リンゴだったのか……」

眼鏡をかけてみると、犬飼の手には、半分だけ赤くて半分白い物体。
確かにリンゴに見えなくもないが、いかんせん分厚く削ぎ取られて、半分食べられたようにも見える。
果物ナイフで切ったのか、赤くにじんだ傷もいくつかあった。

「貸してみろ」
「ハイ」

眠って少し気分がよくなったので、リンゴとナイフを受け取る。
そのままボウルの中に皮をするすると落としていくと、犬飼が感嘆の声をあげた。
最後まで剥いて、皿の上で6等分にする。種とヘタの部分を切り取って、一つ犬飼の口の中に押し込んだ。

「もごっ」
「慣れないことするなよ。そんな頑張らなくても、二宮には言っておくから」

風邪をひくことは確かに少ないが、それでも長いこと一人暮らしをしてきたのだ。
どう対処すればいいかなんて知っている。二宮はあれで結構心配性だから犬飼をよこしたが、それは杞憂で終わるはずだ。

言われたから来ただけで、犬飼自身はなんとも思ってはいないだろうし。
いつだったか殴られた際から、救急箱はまだ自室に置きっぱなしだったので、そこから絆創膏を取り出して犬飼の指に貼る。ああ、またクラクラしてきた。

「……もっかい寝る」

そう言って布団にもう一度入ろうとしたら、犬飼に肩を引っ張られた。抵抗できずに振り向くと、思ったよりも近くに目だけが笑った顔がある。

そのままキスされて、舌が唇を割って入ろうとしてきた。
さすがにこれでは風邪がうつると口を閉じたのだが、指まで使ってこじ開けてくるものだから、結局犬飼の思うとおりになってしまった。

犬飼の舌を伝って、どろりとした甘いものが口の中に流れ込んでくる。
咀嚼され、形をなくしたリンゴだと気づくのにそう時間はかからなかった。

「ん、ぐっ」

さすがに口移しは嫌だと暴れてみても、もともと犬飼のほうが力は強い。
あっという間に抵抗は抑え込まれ、息も苦しくなって、とうとう鳥がひなに与えるようなそれを呑み込んでしまった。

というか、目隠しもしていないのに、いいのか。俺の顔は見えただろうに。
声も出してしまったし。

「みょうじさんさあ、なーんか勘違いしてない?」

口を離して、俺を組み敷いたまま犬飼が顔をしかめた。

「そりゃ、俺がここに来たのは、確かに二宮さんに聞いたからだけどさ。二宮さんの頼みじゃなくても、みょうじさんが風邪だって聞いたら、お見舞いくらい来てたよ」
「…………」
「あーのーねっ。俺は二宮さん好きだけど、世界の中心が二宮さんってわけじゃないの! みょうじさんの心配だってするし、看病だってしようと思うし」
「え、お前今看病らしいことしたか?」
「……ま、まあそっちはね、不得手だから」
「…………」

目をどこかへさまよわせる犬飼を見て、ため息をつく。
これじゃ、俺が拗ねているみたいだ。別に、断じてそんなことはないのだが。

変に考えず、見舞いに来てくれたとだけ考えておけばいい。

「ってことで、ハイ、リンゴ食べて。後で薬もね」
「いや一人で食うからちょっとお前そこどけ」



リンゴを食べて(一人で食った)、薬を飲んで、冷え○タを取り替えて。
嫌な眠気ではなく、うとうとと安心から来るような眠気が襲ってきたから、俺はもう一度眠った。

起きた時にはすでに夜は更け、犬飼はいなかったけれど、一人分の隙間が空いたベッドと、机の上のルーズリーフの切れ端が、彼が今までそこにいたことを示していた。

『よく寝てるみたいだし、帰ります。お大事に!』

微妙にうまい犬のマークがかかれている書置きを読んで、ふと思う。

「……それにしても、目が見える状態でキスしてきたことなんか、なかったのに」

どういう心境の変化だろうか。
まあいいかと、だいぶ軽くなったように感じる体をベッドから離し、立ちあがる。適当に冷蔵庫のものを食べて、また薬を飲もう。

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