たまにはやさしくしてよね


体温計には38.5度と表示されている。

喉は痛いし頭も痛い。ついでに体の節々が痛み倦怠感がある。
総合すると、つまり。

「……風邪ひくのとか何年ぶりだ」

◇ ◆ ◇ ◆

今日もまたわけのわからない授業を聞いている。

この間、みょうじさんの家で勉強したとはいえ、そんな付け焼刃でどうにかなるものでもなく。
相変わらず宇宙語にしか聞こえない英語に、古代文字にしか見えない数学。

居眠りしていたら先生に頭をひっぱたかれて、それを話したら荒船に笑われた。

休み時間にふて寝していたら、突然携帯が鳴った。二宮さんと表示が出ている。
珍しいこともある、と内心どきどきしながら通話ボタンを押して耳にあてた。

「はい、犬飼です」
『いきなりで悪いな。今大丈夫か?』
「はいはい、大丈夫ですよ。なんかあったんですか?」
『ああ、実はな。みょうじが体調を崩したらしいんだ』
「えっ、みょうじさんが?」

まさかの人物の名前に戸惑う。
前に会った時は元気そうだったのに、急にどうしたんだろうか。そしてなんで二宮さんが知っているのか。

『講義に代わりに出てくれって頼まれたんでな。俺はその後防衛任務だから、犬飼、あいつの見舞い行ってやってくれないか』
「見舞いですか? そんな深刻な風邪?」
『38度くらいあるらしいんだが、みょうじは病院に行きたがらないからな。適当に何か持って行ってやってくれ、金は俺が持つ』
「いえいえ、金とかは別にいいんですけど! わかりました、学校終わったら様子見に行きますよ」

二宮さんに心配してもらえるみょうじさんは羨ましいが、それよりも頼まれたことをきっちりとこなさなければ。
頼んだ、と言って切れた通話を惜しみつつ、携帯を再び操作する。そしてみょうじさんのラインを開き、今日行くことだけを伝えた。

「誰からだ?」
「んー?」

荒船が聞いてきたけど、教えてやらなかった。


もう慣れた道順をたどって彼の家に行き、インターホンを押す。
ちなみに、いまだに会ったことのないご家族は、三門市の外にいるらしい。
しばらくしてガラガラの声が「はい」と出てくれた。

「犬飼でーす。二宮さんに言われたから、お見舞い来たよ」
『あー……。うつるとアレだから、帰ったほうがいいと思う……』
「へーきへーき、俺風邪あんまりひかないし。開けてー」
『……バカだからか……』

聞き捨てならないつぶやきを拾ったが、相手は病人だからと我慢する。
待ってろと言い残してインターホンの音声が途切れ、いつもより時間がかかってからドアが開いた。

上下黒のスエットにとろんとした目つき。眼鏡もかけていないみょうじさんは見るからに弱っていた。

「うわ、なんか深刻そう。てか大丈夫? 病院行った方がよくない?」
「いや……ペンネームと本名一緒だから……」
「あー……。そっか、なまえ先生だもんね。顔バレするか」

驚いたことに、この人はかなり有名な小説家らしい。俺は本を読まないからあまり知らなかったが、近々映画化する作品もあるそうだ。病院に行かない理由はそれか。
とりあえず、足元がおぼつかないみょうじさんに肩を貸して、家の中にお邪魔する。
ふと、いつか加減を忘れてみょうじさんを殴り続けたことを思いだした。

あれも大けがだったけど病院にはいかなかったし、しかもその後で話も聞いてくれたし。

思い出せば胸が痛むけど、あれをきっかけに彼への暴力をやめることもできたから、きっかけとしてはよかったと思っている。みょうじさんはどうだか知らないけども、その時から結構物言いがきつくなったような気がする。

「今日は、俺が看病してあげるからね」

いつものお礼とその時のお詫びを兼ねて、今日くらいは優しくしてあげようと決めた。

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