すこしだけ、くやしい


俺を手加減なしに殴った一件から、犬飼の暴力は少し影を潜めた。

顔が腫れてマスクでは隠せず、二宮に見つかる可能性もあったので、治るまでは家にこもることにしていたのがきいたらしい。暴言も行為も相変わらずだが、少なくとも殴られることはなくなったので、俺は以前よりも遠慮せずものを言えるようになった。

「ねーみょうじさん、まだー?」
「まだ。というか勉強しろ受験生」

今日もまたうちに来て、俺のレポートが終わるのを待っている。
俺がとっている授業は毎講義小レポート提出というものもあるので、週末は毎回忙しい。それを毎回言っているのに週末に来るのは嫌がらせか何かか。

「だって成績悪かったら二宮さんが教えてくれるかもだし」
「……本音は?」
「勉強ヤダ、キライ」

知ってた。

というか、何だか勘違いをしている。
二宮は自分で最大限努力して、それでもどうしようもできない場合のみ少しだけ手を貸す。たとえば太刀川のレポート救助は全て断るが、堤や来馬、俺のレポートなんかは資料集めを手伝ってくれたりする。

手を貸してほしいならなおさらやったほうがいいんじゃないかと伝えると、犬飼はぽかんとした後、すぐさま勉強道具を取り出した。どれもこれもぴかぴかなのは言ったほうがいいのだろうか。

「俺勉強する! みょうじさん教科書解説して!」
「え、いや読めばわかるだろ。俺は忙しい」
「読んだだけでわかるわけないじゃん。バカなの?」
「…………」

だったらせめて授業を聞け。


「……で、ここが筆者の主張。ここが文章全体の要約になっていると言ってもいいから、まずは主張を見つける。……聞いてるか?」
「…………」

耳から煙が出ている。

ノートにはメモがぐちゃぐちゃと書かれ、教科書の傍線部は黒く濃くなっている。
ぱっと見れば相当勉強している教科書だが、俺が説明のために書きこんだ文字のせいだと思うとやるせない。おまけに俺のレポートは進んでいないし。

「……休憩するか?」
「……うん」

机に突っ伏した犬飼を横目に、コーヒーでも淹れてやろうと席を立つ。
豆を挽いて一人分のパックに入れて、そこに湯を注ぐ。砂糖とミルクはどの程度入れるかわからないのでそのまま持って行くとして、ひとまず出来上がったコーヒーをテーブルに置いた。

犬飼は俺のパソコンを自分のほうに向け、レポートを読んでいる。

「わかるか?」
「いや、全然わかんない。でも二宮さんも同じことしてるんでしょ?」
「学科が違うから多少内容は違うだろうけど……まあ、レポートが面倒だってぼやいてたな」
「ふうん。……なんか悔しい」
「は?」

画面をスクロールさせながら、犬飼がつぶやく。
ブルーライトがまぶしいのか、瞬きの回数が多い。

「俺が大学入ったらさ、二宮さん3年生でしょ。4年になったら就活とか始まるし、そうなったら見れなくなるし。大学生の二宮さんを大学で見れるの、1年だけって悔しい。みょうじさんは1年生の時から見てるみたいだけど」
「……犬飼。おまえ……」
「何、悪い? 好きな人は、ずっと見てたいでしょ。かなわなくっても」

悪くなどない。
俺にはわからないが、ずっと見ていたいという気持ちならばわかる。俺が言いたいのは、それ以前の問題だ。

「お前、今の成績で、二宮と同じ大学入れると思うか?」
「ツッコミどころそこ!? 太刀川さんだって入れてるのに!」
「忍田本部長に一日中監視されて勉強してたからな。犬飼もそうするか?」
「…………やっぱ、もうちょっと勉強する」

再び勉強道具を用意する犬飼に、俺は少しだけ、二宮がうらやましくなった。

「(随分想われてるんだな、あいつ)」

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