妹さん、考える



このところ、よく自分の存在について考えるようになってきた。

と言うと、中学二年生が患いがちなあの病気を思うかもしれないが(私中学二年になるまえに死んだけど)、幽霊の自分の身の上ということである。

死んでいるのはわかっている。泣こうが喚こうがそれはどうしようもないことだ。いかな享年十三歳とはいえ、そこまで子供じゃない。
だが、そもそもどうして私が幽霊になってしまったのか、その理由が全く分からないのだ。

幽霊になったからには何か理由があるのではないかと思うのだが、私にできることといえば、軽いポルターガイストとラップ音程度。生きている人には姿を見せることどころか、声を届けることさえできない。
今のところ私の存在を認識しているのは、おそらくカピバラの雷神丸だけだ。

幽霊になった理由はわからないし、最近BLは見られないし、なんだか気分はすぐれない。
幽霊なのに。

ああ、もう何もかもが面白くない。それもこれも兄と迅さんのせいだ。

別に八つ当たりと言うわけじゃない。近しい人間が沈んでいたら、大いに影響を受けるのは生きている人でも死んでいる人でも変わらない。

水族館に行ったあたりから、兄がカウンセリングに通い始めた。
なぜかいままで通っていなかったらしいけれど、通う気になったならまあいいか、とのんびり見守っていた。

迅さんも同じスタンスかと思いきや、私がBL漫画の新刊を読むため、腐女子たちの間を渡り歩いている間に何かが起きたらしい。
それまで隙を見ては兄にべたべたしていた迅さんが、なぜか兄を避け始めてしまったのだ。

兄が帰ってくるころを見計らって出かける、部屋にいるのに狸寝入り、別に何をするわけでもないのにボーダーのでっかい建物に行く。役職が上らしい人たちと会議をしていることもあるけど、ただぼうっと座ってぼんち揚げを食べているだけのこともある。

その姿を見るたび、背中を蹴り飛ばしてやったが、残念ながら足は彼の体をすり抜けてしまう。腹立たしい。

そりゃ恋人同士のすれ違いなんて、物語の中では大好物だけど、実際に目にしてしまえばそんなこと言っていられない。

どうにかして再び仲良くくっついてはもらえないかと、無意味に情報収集したりしていたのだが、先日ついに、恐れていたことが起きてしまった。

「お前の恋人、俺じゃダメなのかって」
「……、……!?」
「また会えるなんて思わなかったから、ちゃんとした言葉、用意できてないんだけど。でも、小学生の時からずっと、お前のこと好きだった」

兄の友人。私もむかし遊んでもらったことのある、木村という男性。
その人が、兄に告白しなさったのである。

(ダメえええええそれはダメ!! 私NTRは地雷なの!!)

慌てて木村さんの腕をつかもうとするものの、残念ながら私は幽霊である。すり抜けてしまう。

思考回路がショートしてしまったのか、兄は固まったままで、しまいには木村さんに抱きしめられてしまった。
中学一年生の時柔道部(一か月で退部)だったでしょ! 何やってんの! と私が叱咤しても兄は動かず、事態はますます悪くなっていって。

その場面を迅さんに目撃されてしまった。


おかげで現在、非常に来まずい空気のまま、玉狛の屋上にいる。

兄は自分の耳から外したピアスを迅さんに渡して、ぜんぜん笑えていない笑顔で、涙をこぼして屋上から去っていった。残ったのは立ちすくんだ迅さんと、それを見下ろしている私。ピアスを握りこみ、きつく目を閉じて、彼は動かない。

(……なんで追いかけないの)

その背中を睨みつけながらつぶやく。どうせ聞こえないのに。

(何が気に入らないのか言ってよ。じゃなきゃ分かりようがないじゃん)

じわじわと、久しく流れていなかった涙があふれ出る。地面に落ちたところで、シミを作ることもない。当然だ、私は死んでいるのだから。

私の声は、兄と同じく誰にも届かないのだから。

「……なまえ」

(こんなとこで名前呼んだって、聞こえるわけないでしょ!!)

怒鳴ったところで、地団太を踏んだところで、誰も何も感じない。

(ずるい! あんたはずるい!! 私たちと違うのに! ちゃんと声があるのに、なんで何も伝えないの!? ずるいよ!!)

いつ見たときよりも小さく見える背中にそんな言葉を投げつけて、私は壁をすり抜けた。

向かうのは、おそらく部屋にいるであろう兄のもと。

あの人もあの人だ、声が出なくたって、伝える方法はいくらでもある。それなのに、どうして伝えようとしないのか。私と違って、兄はペンが持てる。字が書ける。
それがどれほど幸せなことか。

カギのかかった扉もすり抜け、兄の部屋の中に入る。彼は一人、膝を抱えていた。ひどく静かなその姿を見てすぐ、兄が子供みたいに泣いているのだと分かった。

(お兄ちゃん、)

「……、っ……」

(……)

小刻みに震える肩に手を置いてみたが、やはりすり抜けてしまった。
仕方なく兄の前に座る。

こうしていると、小さい頃、私を庇って兄が代わりに叱られ、廊下に出されてしまった時のことを思い出す。

我が家では、叱られた場合押入れではなく廊下に出されてしまうのである。部屋の中からは楽しそうな話し声が聞こえるのに、自分だけが入れなくて、私はそれがとても苦手だった。それでもいたずらするのだからバカである。

だけど兄はそれを知っていたから、時折私を庇って代わりに叱られてくれた。しかし、兄がいないと結局寂しくなって自分がやったと白状し、二人で廊下に体育座りするのが常だった。

(……思い出話もできないね、お兄ちゃん)

悲しくなってしまった。

もしも私の声が聞こえたら、兄を笑わせてあげることができただろうか。
もしも私の腕がすり抜けないなら、兄を抱きしめてあげることができただろうか。

腕をいっぱいに広げ、兄の体を包み込む。体温さえ感じることができないけれど、少しだけ暖かい気がした。

(お兄ちゃん、大丈夫だよ)

大丈夫、大丈夫。小さい子供に言い聞かせるように。自分に言い聞かせるように。

今、自分が死んでいることが恨めしくて仕方ない。生きていたなら、兄はこんなに泣かなくてよかったかもしれない。どうして私は死んでしまったのだろう。

私は、死にたくなかったのに。



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