□同級生、紹介します
自分が勇敢だとか策士だとか、そんなことを欠片だって思ったことはなかった。
自分の安全は常に確保していたいし、物理的にも精神的にも傷つくことは遠慮したい、一言で言ってしまえば小者だ。
そんなだから、今の戦闘スタイルに落ち着いたのは、ある意味必然なのかもなと思う。
『なまえ、そっち3体モールモッド行ったから頼むぞ』
『了解、今見えた』
民家の屋根から目をすがめると、勢いよくこちらに向かってくるモールモッド達。
その姿があの黒い虫と似ていて背筋が寒くなるが、だからと言って逃げていては話にならない。
いやでももっと虫っぽかったらボーダーやめてたな。
モールモッド達との距離を測りつつ、しばしその場で待つ。真下に白い体が来る頃を見計らって、その上に飛び乗った。無論気づいた様子はない。
節目に手をかけ、バランスをとって体を安定させたら、その至近距離から弱点の目を刺し貫いた。
一匹の動きが止まり、そのまた次、次と。
3体を始末し終えてその場に立つと、背後からじゃり、と何か踏む音がした。
「……なまえ?」
「いるよ」
可視状態に切り替えると、それを見た迅は口笛を吹いた。
「すごいな。眼だけをザックリ、さすが必殺仕事人」
「いや何それ」
「噂になってるぞー。姿を見せずに一瞬で殺る謎のボーダー隊員って」
「はぁ」
「ちなみに流したのはおれね」
「お前かよ!」
思わず迅の脛を蹴り飛ばす。
痛くもないくせに痛がる様子を見、僕はため息をついた。
ボーダーに入って、早いものでもう1年が経過した。
SEが発覚したりエンジニアの手伝いをしたり、迅にいろいろと戦闘技術やら知識やらを詰め込まれたり。
そして経験を詰めと最近整備されたランク戦ブースに放り込まれたり、その過程で見覚えのある人に斬られたり見覚えのない人を斬ったり、あとついでに迅が僕のことをなまえと呼ぶようになったり。
まあとりあえず色々あった。
その色々のおかげで、ひとまずボーダー隊員だと名乗れるくらいの人間にはなったと思う。
トリガーは当初、起動するとSEのせいでトリオン体でも肉眼でも姿が見えなくなる(と、同時にレーダーからも消えるらしい。どういうSEなんだろうか)もの、トリオンの消費量が増えるが、姿が見えるがレーダーには映らないトリガーの2種類を支給される予定だった。
しかし、ふたを開けてみたら、支給されたのは前者のものだけ。
その代わり、枠を一つ消費し、透過か可視かを切り替えられるチップも与えられた。
2つ持つよりは手間がなく、エンジニアの方々の手腕に恐れ入った。
「んじゃ、そろそろ行こうか。交代だ」
「わかった」
日が昇る空を見上げて、迅は大きくあくびをした。今は何時だろう。
学校に行く前に多少眠れるだろうか。
足場の悪い道を歩きながら、眠気覚ましにか、隣を歩く男が再び話しかけてくる。
「にしても、いいね、待ち伏せてザックリって。待ち伏せ雑でも誰にも分からないし、音さえ出さなきゃいいし」
「まあね。真向から向かわれると普通に弱いけど」
「大丈夫? 弧月自分に刺さんない?」
「まだ言うか」
舌打ち。
迅は面白そうに笑うだけで、気分を害した様子もない。
こいつと話していると、精神年齢としては僕の方が上なのに、迅の方が一回りも年上な気がしてくる。達観しているというか。
「小南がさ、玉狛に顔出せって言ってたよ。前に借りた漫画の感想話したいからって」
「あー、そういえば貸したっけ……。そのうち行くわ」
「ん。この後帰るの?」
「いや寝たら学校行くけど。迅も行けよ」
「疲れたから今日休む。気が向いたら昼頃から行くかな……ふわぁ」
「……」
話しても眠気は飛ばなかったらしい。
僕もできることなら行きたくないが、母親の反対を押し切ってボーダーにいるので、「任務で疲れたから学校休む」は絶対に通用しない。
仕方ないが。
眠そうな迅と話しながら、ボーダー本部へとたどり着く。
報告書は午後でいいのだが、迅は何やら別件だそうで、目をこすりながら会議室へ向かっていった。
その背中を見送り、僕もあくびをしながら仮眠室へ足を向けた。
が、何かを殴るような音を耳が広い、その場に立ち止まる。
音の聞こえた方を振り向くと、なんだかその方向がざわついている。
嫌な予感がしつつも、仮眠室からそちらに体を向けて歩き出した。自然と速足になりながら、角を覗き込む。
すると、想像とたがわぬ光景が広がっていた。
「……またか」
一言で言えば、殴り合い。
それ以外に表現のしようがない。
ややふくよかでガタイのいい一人が、細っこいもう一人に殴りかかる。拳を顔面で受けたそいつは、その反動を生かしてふりかぶった拳を相手に叩きつける。
生々しい音に遠巻きに見ていた誰かが小さな悲鳴をあげた。
口汚く罵りあっているわけではない。無言で、ただ、殴り合っている。公衆の面前で。
この迷惑極まりない二人は、僕の同級生だったりする。
トリガーの可視化を切り、姿を消す。わずかな見物人の間を縫って、二人の近くに寄り、細っこい一人の足をひっかけた。
「がっ!?」
「! もらっ……」
転んだその隙を逃さず殴ろうとするもう一人は、加減してお腹に一発。
向こうは生身、こっちはトリオン体なので造作もない。うずくまる二人の首根っこを掴んで、ずるずると引きずった。
「お? お? え、何??」
「おい!! 離せ!!」
うるさい二人を無視し、ひとまず人のいない場所を目指した。
背後から「仕事人だ……」
「まじで誰だよ、仕事人……」という発言が聞こえてきたのも無視した。迅は後でしばく。
「これで何回目だよ、北添、影浦」
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