天邪鬼の本音


季節は進み、だんだん修学旅行の時期が近付いてきた。

ボーダーと提携しているうちの高校では、進学や就職プラスボーダーの任務で忙しくなる3年ではなく、2年の時に修学旅行を終わらせてしまう。

行き先はベタに広島で、まだ1か月以上も先だというのに、クラスは浮足立っていた。

だが、中でも一番浮足立っているのは、うちの班の女子たちだろう。

「じゃあどこ行くかだけどー、みょうじくんどっか希望ある?」
「俺はどこでもいいよ。広島初めてだし」
「そーなんだ。私中学の時も広島でさー、またか! って感じだよー」
「えーユウコも? あたしもあたしも、親戚が広島の人だからよく遊びに行くんだ」

「……」
「……」

現在、修学旅行の班で、自由時間にどこに行くかを話し合っている最中だ。
女子はよくみょうじに絡みに行く女子3人と、男子はおれと槍バカ、そしてみょうじ。

みょうじはいつものメンバーで組もうとしていたらしいが、人数が4人になってしまって、そこから抜けおれたちの班に入って来た形である。

最近みょうじを好きであることを自覚したおれにとっては嬉しい誤算だったものの、今は女子のあからさまなマウンティングに辟易している。かよわいウサギに群がる肉食獣たちのようだ。

自分がいかに広島に詳しいかというアピール合戦になりつつある女子たちにひきつつも、また資料に目を落とす。
おれはどこか建物に行くよりも、ふらふらと街並みを眺めながら歩きたい派だ。

のっしりと肩に槍バカがのしかかり、横から資料を覗き込んできた。どうやら女子たちの争いを見るのに飽きたようだ。

「なー、弾バカどっか行きたいとこある?」
「別に……1日目で結構行くしなー。適当に近いとこ行きゃいいんじゃね?」
「だよなー。あ、多分秀次合流するからよろしくな」
「ほいよ」

提出するようにと配られた紙の項目に、適当な行き先を書きながらちらりとみょうじを盗み見る。きゃんきゃんと姦しい女子に挟まれたみょうじと、ばっちり視線が合った。

どきりと心臓が高鳴るもつかの間、みょうじのまなじりがつりあがり、こちらを冷たく睨み据える。別の意味で心臓が鳴ったが、すぐに目が逸らされた。

一瞬だったからか、隣の槍バカでさえ気が付かなかったが、おれはしっかりと見た。


「で、なんかしたのかと思って」
「邪魔どけ帰れ」
「今手ぇ離せませーん」
「……」

今日も例のごとく、みょうじの花屋。

来るなり不機嫌な彼に無言でほうきとちりとりを指され、店の前の葉や花びらをはわいている。人に頼みごとをしておいて邪魔だの帰れだのと散々だが、それを言ったところで口で頼んじゃいないと返ってくるのはわかりきっている。

尋ねても答えないため、仕方なく掃除をしながら返答を待つことにした。
みょうじは新しい値札を書きながらしばらく黙っていたが、おれが掃除が終わってもまだ帰らないのを見て、呆れたようにため息をついた。

花のシールやマーカーで可愛らしく書かれた値札を飾ると、なおも無言もままおれの隣に腰を下ろした。
金属製のベンチは二人分の体重を受けてもきしみもしない。

じっと横顔を眺めてみるが、みょうじが何か話すそぶりはない。好きになっておいてなんだけど、どうしてこいつを好きになったかな。
ひとまずどう対応したらいいかが謎なので、少し悩んでから、前にやったように彼の頭をかきまぜてみた。

またしてもみょうじは怒らずに、むしろ撫でやすいよう頭を俯けた。意外と頭を撫でられるのが好きなのかもしれない。
そしてそこで、はたと思い出す。
コイツは疲れていると素直になるということを。

「なんか疲れてんの?」
「……ん」
「あー、もしかしてあれか、女子か?」

こくりと首が動き、長いことため込んだようなため息がみょうじの口からこぼれ出た。
ようやく呼吸ができるといった様子だ。

女子のアピール合戦は、見ている分には面白かった(長く見ていれば飽きるが)ものの、間に挟まれていた人間にとってはたまったもんじゃないらしい。図太そうに見えて意外と繊細な奴だ。
考えてみれば、必要以上に周囲の目を気にするタイプみたいだし、相当参っていたのかもしれない。

「だよなぁ、見てるだけでもアレ怖えーよ。助けてやんなくて悪かった」
「いいよ別に、期待してないし」

転げ出たみょうじの本音に、ぐっと腹の底を押された気がした。

優しく髪をすくような動きに変わっていたおれの手を払いのけて、乱れた髪を軽く直している。その様を見ながら、少しだけ考えてしまった。

うまく言葉にできないが、助けを期待しないっていうのは、どういうことだろう。もちろん常に助けを期待して動け、というわけじゃないが。
近界民のことを言っても、誰も信じてくれなかった時のことを暗に言っているのかと、勝手に邪推してしまう。

だがもしも。
今の不機嫌が、おれがみょうじを助けなかったことから来ているのだとすれば、みょうじの中でおれは「助けてくれる」、あるいは「助けを求めていい」存在と認識されているのだろうか。

ふと、黙っていた彼が口を開いた。

「出水、さっき掃除してたよな」
「あ? ああ、してた。ごみそっちにまとめたぜ?」
「その後手洗った?」
「……あ」
「帰れ」

どこで手洗えってんだよ。


アイスランドポピー:いたわり

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