□あの日の面影
長らく借りていた仮眠室を引き払い、僕は玉狛に戻ることにした。
迅と一緒に帰ったからか、ボスとレイジさんには呆れた顔をされ、小南ちゃんにはタイキックを食らった。栞ちゃんと陽太郎くんは素直に喜んでくれ、京介くんはいつも通りの真顔で、何を考えているのかやっぱりわからなかった。
だけどみんな、うまく収まったことは喜んでくれているようで嬉しかった。
ばらばらになっていた歯車が、再び噛み合って動き出したような感覚。
そうしてまた、いつも通りの日常が流れていく。
今日は夜間の防衛任務だった。
迅の視るところによると、大規模侵攻が起こる未来が近いうちに来るらしい。
変えられはしないようなので、警戒区域を見回りながら、その発端となりそうなものを探す日々である。
今日は開く門が少なくて、そこまでピリピリすることもなく回ることができた。
交代になる直前に開いた門から出てきたバムスターとモールモッドを、迅と一体ずつ手分けして倒す。
といってもほとんど時間もかからず、バイパーと風刃ですぐだった。
「なまえ、そっち終わった?」
「……」
迅の問いかけに、指で○を作って見せる。それを見た彼は、じゃあ終わりだね、と言ってこちらに歩み寄ってきた。
その場で待機していると、ほどなくして、次の担当である太刀川隊がやってくる。
あたりはだんだん黒から青に変わり始めて、日の出が近いことを知らせていた。
太刀川さんは僕らを見ると、手をのんびり振りながら近づいてきた。
「おー。お疲れ。どうだ、今日は」
「太刀川さん。今日はあんまりいなさそうだ。開いた門も三つ四つだし」
「少ねえな。まあいいか。んじゃな、お疲れ」
「お疲れー」
「みょうじさん、お疲れ様です!!」
「……」
出水くんの頭をかきまぜて、太刀川さんには頭を下げる。
迅が歩いていく先についていこうとしたら、その前に太刀川さんに引き戻された。首に腕をかけられ、耳元でこそりと彼がささやく。
「いい感じになってんじゃねえか、みょうじ。よかったな」
「……」
おかげさまで、と口を動かすと、太刀川さんはにやっと笑った。喜んでくれている、のはわかるけど、なんでだろうか。あんまりいい予感がしない。こういう笑い方をするときは、大概何かくだらないことを考えているときだ。
こそこそと内緒話をするように、ヒゲもじゃ隊長は大きな爆弾を投下した。
「そろそろヤってもいいんじゃねえの?」
「……!!!」
思わず、太刀川さんの横っ面を拳(メテオラ付き)で殴りつける。
あっさりかわされてしまったが、からかうような嫌な笑みは消えていない。というか、なんでそれを知っているんだろう。
僕と迅が、まだその、していないことを。
そんなにわかりやすかっただろうか。
「なんだよ、照れんなよ。仲が深まったことなんだし」
「太刀川さん、何の話してんです?」
「いや、元部下に大人のレクチャーをしてやろうと思ってな」
「……」
大きなお世話だ。
まだ全く何にもしていないというわけじゃないし、最後の壁だけが乗り越えられていないだけだし、おいおい、そう、おいおい機会を伺ってお互いの都合がいいときに、と考えていた。うん。それだけだ。
「なまえ、なにしてんだー?」
「……!」
迅に呼ばれて、慌ててそちらに手を振る。
今度こそ太刀川さんと出水くんに頭を下げて、迅のほうに向かった。顔がほてっているのがトリオン体でもわかるから少し恥ずかしい。
「お帰り。何の話だって?」
「……」
首を横に振って、どうにか会話を回避する。
迅は不思議そうにしていたが、僕の顔が赤いのを見てか聞かないでおいてくれた。ありがたい。
しかし、本当はどうなんだろう。
興味がないわけじゃないし、その手前までは何度か行ったことはあるけど、それ以上はなんとなく避けていた。おそらく迅も同じだっただろう。
恥ずかしいとか、緊張だとかという理由よりは、深い関係になるのを避けていたというほうが正しいかもしれない。
だけど僕はそうでも、迅がそうは思っていなかったらどうしよう。
僕から誘うって、なんだかものすごくやりたがっているようで恥ずかしいし。
太刀川さんに言われたことを、悶々とそればかり考えていたのがよくなかったのだろう。
だから、反応が遅れた。
それは、警戒区域を抜けたその時に起きた。
「……」
並んで歩いていた迅は、突然足を止めた。
ぽかんと口を開き、僕を見つめ固まっている。考え込んだまま数歩行き過ぎてからそれに気が付いて、僕は首を傾げた。
「……?」
「……あ、」
迅がようやく我に返りかけた途端、彼の背後に大きな黒い穴が開く。
バチバチと黒い稲妻のようなものを迸らせたそこから、大型のモールモッドが二体這い出てくる。すでにブレードは構えられていた。
迅はとっさにか僕を突き飛ばし、目の前に風刃を構える。
後ろに尻もちをついて倒れた僕をかばい、ブレードを間一髪で受け止めた。
しかし、さらにもう二体現れたモールモッドもブレードを振り回し、迅はそれをどうにかいなす。だが、あまりに距離が近いからか、風刃の本来の力が発揮できないらしい。四体のブレードが高速で繰り出され、なかなか攻めに転じられない。
おまけに、黒トリガーだからシールドも張れないのだ。
もしもトリオン体が損傷したら、彼は緊急脱出ができない。迅がそこまで弱くないことは知っていたはずなのに、ただそのことだけが頭をぐるぐると回った。
そうだ、だったら、僕が倒さなくては。
「……、」
立ち上がって、戦わなくては。あの時の二の舞にならないために。
僕を守る、その背中が、見上げているその姿が、
あの日の、妹と。
ああ、だめだだめだだめだ。
「……――、迅!!」
ずっとずっと向こうで、妹が笑った気がした。
お題:確かに恋だった
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