もう一度きみに誓う


おれがその長い手紙を読み終えるまでの間に、なまえは目を覚ましたらしい。しかしおれを咎めることはせず、手紙を読むおれの隣にそっと座っていた。

右半身に久しぶりの暖かさを感じながら、おれはその手紙を読み終え、ローテーブルの上に再び置いた。いつかの時のような沈黙がその場を包む。

少しして、ようやくおれは口を開いた。

「……ごめんな、勝手に見て」
「……」

首を横に振った気配がした。なまえのほうを向いて目を合わせると、彼は驚いたように瞬きをして、それからぎこちない笑みを浮かべた。
おれが、一番最初に笑えと言った時と、同じ笑顔。

自分でもよくわからない感情が心の底から湧き上がってきて、押さえきれなくなったそれが涙という形になって零れる。

滲んだ視界の中の人影が、手を伸ばしておれの頬に触れた。
また、未来を読み違えた。泣くのはなまえではなくて、おれだったようだ。

「なまえ」
「……」
「おれこそ、ごめん」

触れている手をつかむと、やわく握り返される。
ペンだこができた手のひらがこれ以上ないくらいに愛しかった。

なまえの声が出ないとか、手話だとおれが話せないとか、そんなことはどうでもいいことだ。ずっと前から、彼の言葉はこの手にあった。ここにあったのに。

「いなくなってほしくなかった」

ぽつりとそれだけを呟く。なまえはただ頷いて、続きを促すようにおれの頬を撫でた。

そうだった。こうして、ちゃんとお互い向き合って、ひとつひとつ耳を傾けていけば筆談さえもいらなかった。
一緒にいる理由だってどうでもいいことで、ただ一緒にいたいだけだったのに、いつしか明確な理由がないことを不安がって。

「笑っててほしくて、それと同じくらい、傍にいてほしかった。そればっかりが膨らんで、なまえのこと考えてやれなかった」
「……」
「自分のことばっかりで、ごめん」
「…………」
「おれも、なまえのことが好きだよ。好きになって、幸せだ」

なまえの左手が、机の上の紙をつかもうとする。しかし、結局何もつかむことなく、かわりにおれの首に回った。
意外と強い力で引き寄せられ、なまえの肩に顔を埋める。シャワーでも浴びたのか、ふわりと石鹸の匂いがした。暖かい背中におれも手を回し、久しぶりに抱きしめあった。

心臓を合わせ、お互いの鼓動を聴く。
静かな音に耳を傾けていると、鼻をすする音が頭上から聞こえてきた。もしやと思い、顔を上げようとしたら、咎めるようにより一層強く肩に押し付けられる。

「……なまえ、泣いてる?」
「……」

今度は軽く頭を小突かれて、おれは笑った。

今は二人しかいないのだから気にしなくてもいいのに、どうしてか細かいことを気にする。手紙でも、泣いているのを小南に覗かれたことを気にしているようだし。
ちなみに、あれは一度目が嵐山、二度目がレイジさん、三度目が小南だったのだが、それは言わないほうがいいだろうか。

「……」
「なに、なまえ?」

名前を呼ばれたような気がして、今度こそ顔を上げる。
服の袖でごしごしと鼻を拭いているなまえは、おれが呼ばれたことに気づくとは思わなかったらしい。驚いた顔をしていたものの、すぐに嬉しそうに笑う。

ふと、髪の隙間からわずかに見える耳に目が吸い寄せられた。
ピアス穴には、透明なピアスがつけられている。

おれの視線に気が付いたのか、なまえは指でちょんとそこを触ってみせた。

「穴、保持しとくやつだっけ」
「……?」
「え? ……うん、まあ、持ってるけど」

持ってる?と言いたげに首を傾げられ、ポケットから小さな袋を取り出す。小さな赤いピアスが二つ、その中に入っていた。彼から返されて、そのままずっと持ち続けていた。

しかし、犬につける首輪のような意味合いを持っていたものだ。
それを渡すのは気が引けたが、なまえは構わずおれの手からそれを取り、中身を取り出す。転がっていたかばんからウェットティッシュを取り出して軽くピアスを拭くと、透明なピアスを手際よく外した。

その一連の動作をじっと見つめていると、照れたように笑う。
赤いピアスは、再び彼の耳につけられた。

「……?」
「うん、似合う」

素直にそう思えた。
ピアスを渡したときは、喜んでほしいとかいう感情より、おれから離れていかないようにという思いの方が強かった。

しかし今は、素直になまえに似合っていると思うことができる。それが嬉しかった。

「なあ、なまえ、話そうよ」
「……?」
「会ってなかった分。これだけたくさん、紙も時間もあるんだから」

ルーズリーフはまだたくさん散らばっている。今日はこの後任務もない。
だから、話す時間はたくさんある。

「……」

なまえは新しいルーズリーフを手に取って、そこにさらさらと文字を書いた。懐かしささえ感じるその様子を見守りつつ、書きあがるのを待つ。
さほど時間もかけず、書きあがった紙がおれの前に差し出された。

『長くなるかもよ?』

それを読んで、思わず笑ってしまった。

「望むところだよ」

どれだけ時間がかかろうが、どれだけ長くなろうが、もう彼の言葉を聞き漏らしたりはすまい。

それから夜が明けるまで、ずっと一緒にいた。なまえの手が疲れたら、ただ手を繋いだ。
どこか寒々しかった胸の中が、少しずつ何かで満たされていく気がした。

お題:確かに恋だった

prev next
top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -