あふれて、あふれて


迅へ。

近頃、ほとんど話せてないね。僕が避けてるからだね、ごめん。

どうやってまとめたらいいか分からなくて、このルーズリーフも、一体何枚目なのかわかりません。ただ考えをまとめたいだけなのにまとまらなくて、手紙にしたって支離滅裂すぎて、きっとこの紙をもらっても、迅は戸惑うだけかもしれないと思います。

だけど、ここにはありのまま、僕が思っていたことを全部書いていこうと決めました。
長くなるかもしれないけど、どうかお付き合いください。

……さっそく、何を書いたらいいかわからなくなりました。ひとまずは、僕らが一番最初に会った時のことでも、書いてみようか。

僕と迅が会ったのは、大侵攻が起きたその翌々日、僕がボーダーに入隊すると決めた日。
だった、って、後から小南ちゃんに聞いたよ。


『あ、お前って噂の新人?』
『…………』
『……え、ちょ、無視? ねえって』
『…………』


本当に申し訳ないと思ってるんだけど、そのあたりの記憶はどうにも曖昧で、誰から聞いても全然思い出せないんだよね。カウンセリングの時、それはきっとショックが強すぎたから脳が自衛したんだと先生から言われたけど、たぶんその通りだと思います。
今も思い出せないしね。

だけどなんとなく、みんなに辛くあたってたのは覚えてます。重ね重ねごめんなさい。

家族が死んで、僕だけは生き残って、家も町もめちゃくちゃで、もう何がなんだかわからなくなっていました。誰かに聞こうにも、声はもうありませんでした。

近界民は倒さなきゃ、そうじゃなくちゃ妹が僕をかばったのが無駄になってしまう、その役目すら果たせないのなら死んだ方がましだと、本気で思っていました。


『ちょっと』
『…………』
『……無視しててもなんでもいいけどさあ。あんなポンポン死なれたら困るよ。こっちは一応、みょうじのこと戦力に数えてるんだから』
『…………』
『連携ってもんがあるだろ。考えなしに突っ込んだら射線の邪魔にだってなるし、味方同士で攻撃しあう可能性もある。おれが先読みできるって言ったって限界あるからね』
『…………』
『……頷くとか首振るとか、少しは反応したらどうなわけ?』


何度も何度も、迅に怒られました。
迅だけでなく、忍田さんにもボスにも城戸さんにも。

ルールを守らないなら、いくら人手不足でもお前を切る、と城戸さんに直接言われた時も、僕は何も聞こえないふりをしました。声が出ないのをいいことに、返事もしませんでした。

切り落とされなかったのは迅のおかげだったと、随分経ってからボスに聞いたよ。もしも僕がボーダーにいられなくなったら、最善の未来には行きつかないって、そんなことを言ってたらしいね。
正直、本当かなって、今でも少し思っています。僕にそんなたいそうなことができるとは思えないし。

あと、ボーダーから離れたら、僕が近界に行ってしまって、そのまま敵になる未来も視えてたんだってね? 当たりです。
本気で行こうと思ってたんだよ。ボーダーの成り立ちや、トリガーの話を聞いた後は、本気で近界の内部からすべての近界民を殺してやろうと思ってた。机上の空論にもならない、お粗末な野望だね。

それを思いとどまったのは、迅の言葉がきっかけでした。


『なんでみょうじはさ、そんなに死に急ぐんだ?』
『……』
『いそ……り、でない? あ、急いでない、か。字汚いなー』
『……』
『ごめんって。……急いでるようにしか見えないよ。シューターになって、死ぬのはだいぶマシになったけど。どうしてそんなに、ボロボロになってまで戦うのかな』
『……』
『仕事だから、ねえ。んー……もう一声』
『……、……』
『……ぼく、のせいで、……家族が死んだ。……罪……へらし? あ、罪滅ぼし。罪滅ぼしを、しないといけない』


迅は、贖罪を止めるようなことは一つも言いませんでした。
僕の気が済むならそれでいい、自分には止める権利も義務もないと。ただ、死ぬのだけはよせと。


『自分を傷つけてまでそんなことしたって、いいことないよ。……第一さ』
『……!?』
『こーんな、自分には笑うことさえ許されてませんみたいな顔すんのはやめな。石みたいな顔して死に急いで、生きてんだか死んでんだかわかりゃしないぞ』
『……』

『少なくともさ、生きててほしかったから、みょうじのこと庇ったんじゃないの』


死んでばかりの僕はきっとあの時、生きることを放棄していました。

贖罪だとか任務とか、そんな言葉はただの逃げ口上で、何かに身を任せて過ごせば、圧倒的な寂しさも、虚しさも悲しさも、自分に対する怒りも情けなさも、全部見ないふりができました。声が出ないのをいいことに、口から感情たちがこぼれ出てしまうこともないように、固く固くふたをしていました。

それに気付いて、ようやくそこで悲しむ準備ができたのか、今思い出しても恥ずかしいけど、僕一晩中泣いてたよね。
それで、聞くのが怖くて今まで避けてたけど、僕が泣いてた時に小南ちゃん、何度か様子見に来てたよね?
でも回答は結構です。恥ずかしくて死んじゃうから。

子供みたいに泣き通して、外が明るくなっちゃった頃には、いろいろな感情が戻ってきて、どうしていいかまたわからなくなった。
それで、どうしたらいいのかって、迅に尋ねました。

そうしたら、さっきまで泣いてた僕に、笑えって言ったね。


『笑ってみて』
『……?』
『ちょっとずつでいい。ちょっとずつ、元に戻ろう。完璧には戻れなくてもいいから』


いきなり笑えって言われてもできないし、第一、家族も家も、声さえも無くした僕が、どうして笑えるんだろうって。本当に不思議でした。


『……笑う、理由がない。……そんなに理由って必要?』
『……』
『んー、そっか。……うん。じゃあ、おれ』
『?』
『みょうじが笑ってくれたら、おれも笑う。みょうじが笑わなかったら、おれも笑わない。だから、おれと一緒に笑っててよ、みょうじ。
それを、おれとの約束にしよう』


本当は、笑う理由なんかいらなかったんだ。僕は笑いたくなかった。

笑ったら、全部認めて受け入れたことになるって。
妹に庇われたのに、腰を抜かして逃げられなかったバカな兄が、のうのうと笑って生きることなんかしたくなかった。できることなら、僕もあの場で一緒に死にたかった。

それなのに、迅は僕が笑う理由を、自分に置いた。深い考えなんかなかったかもしれないね。ボーダーにとって必要な人間を繋ぎ留めるためだけだったのかも。

でも、その言葉で僕は、本当に救われた。笑っていいんだと思えた。

だけど、それと同時に、僕は自分というものを迅に埋没させすぎたんだろうね。

迅に甘えて、迅が笑うから、迅のために笑うんだと、そう決めつけて。結局、何も変わっていませんでした。
正体のない僕の感情を信じて、好きでいることは、相当難しかったと思います。不安がらせて、避け続けて、わかってくれないって、わかってもらう努力もしないで。

だから、ひとりでゆっくり考えた今、まとまらない考えを必死でまとめています。

迅。
不安にさせて傷つけて、ごめん。
僕は、心からきみが好きです。
笑顔をくれたきみを好きになって、僕は今とても、幸せです。

なまえより

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