泪の前触れ


雨はおれが本部に向かうまでには大体あがってしまって、僅かに湿った匂いを残した。

ポケットの中になまえのピアスを入れたまま、うろうろとあてもなく中を歩く。雨だからか人も少なく、なかなかなまえの居場所を聞けるような人にはすれ違わない。

それでも諦めず人を探していると、仮眠室のある方角から、見知った人物が駆けてくるのが見えた。

「迅さんっ」
「おー、駿か」

目を輝かせ、相変わらず犬っころみたいな動きでおれの周囲を回る駿。
いつものようにランク戦をせがまれたが、生憎今日の目的は違う。

駿の頭に手を乗せて、動きを止めながら尋ねる。

「ちょうどよかった。おまえ、なまえ見てないか?」
「みょうじさん? なら、仮眠室にいるよ。遊びに行ったんだけど、寝てたから戻ってきたんだ」
「仮眠室?」
「うん。なんかルーズリーフたっくさん散らかっててさ、勉強中に寝たのかも」
「ふーん……?」

ルーズリーフなんて珍しいな、と不思議に思う。

なまえは常に画用紙とノートパソコンを持ち歩いているから、大学の授業なんかもパソコンでノートを取っている。
筆談は画用紙で行うし、ルーズリーフはめったに使わないはずだ。

おれはなまえのいる仮眠室の番号を聞いて、駿に礼を言ってから別れた。

最近玉狛に帰ってこなかったが、本部に寝泊まりしていたのだろうか。確かに本部に住む人はいるが、仮眠室だと長期で借り続けるのは難しい。なまえの人徳が為せる技だろうか。

ともあれ、仮眠室がずらりと並ぶ通りに出て、そのうちの一つの扉の前に立つ。
いざ目の前にすると、尻込みしてしまって、やっぱり引き返そうかなんて考えが頭をよぎる。

それを引き留めたのは、おれのサイドエフェクトだった。

「……」

確定した未来が視えた。
ここでおれが帰っても、帰らずなまえに会っても。

どちらでも、なまえが泣く未来になる。
泣く理由は、まだわからない。回避する方法も、この未来を変える地点にいるのはおれしかいない。もう変えられない。

「(……だったら)」

何もできなくても、せめて隣にいたい。

4年前の、あの時みたいに。

今後こそ、ためらうことなくおれは扉を開けた。
トリガーをかざすと、自動扉がスライドし、中の様子が見えた。相変わらず不用心だ、ロックもかけずに。仇をなそうという奴がいないから仕方ないけれど。

一歩足を踏み入れると、なまえは備え付けの小さなテーブルに突っ伏して眠っていた。

駿の言っていたとおり、あちこちにルーズリーフが散乱している。ぐしゃぐしゃに丸まったものや、まだ半分しか埋まっていないものまで。
簡素なベッドには、売店のビニール袋に入ったままの、新品のルーズリーフがまだいくつも入っている。
どれだけたくさん書くつもりだったんだろう。

「……」

久しぶりに見るなまえは、最後に会った時とそれほど変わらないようにも思える。

手を伸ばしかけて、なまえが何かを下敷きにして眠っているのに気が付いた。びっしりと文字で埋まったルーズリーフだ。

悪いとは思いつつ、好奇心には勝てなかった。
そっと覗き込んでみると、一番最初には「迅へ」と書いてある。

「おれ?」

思わず声をあげてしまって、慌てて口を押えた。彼が起きる様子はない。

ほっとしながら、再びそのルーズリーフに目を落とす。やはり、おれの名前が書いてある。手紙なのだろうか。

「…………」

見るべきでないのはわかっている。たとえおれに充てられたものだとしても、なまえから渡されるまでは読むべきではない。未来とかそういう意味ではなく、人としてのマナーだ。

だけどもし、この紙に、なまえの考えていることが、少しでも書かれていたとしたら。
ごめんねと、聞こえないのがわかっていながらそう口にして、おれは眠っている体の下からその紙を引き抜いた。

お題:確かに恋だった

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