こどもの恋は卒業させて


大きく口を開けて、木村が腰を抜かしている。それがなんとなくおかしかったけど、笑う気にはなれなかった。

「……あ、……助けて、くれたんだよな、……ありがとう」

ようやく正気に戻ったのか、慌ててお礼を言う木村。
それに首を振ることで返し、弧月を消して彼に手を差し伸べた。木村は一瞬だけ身を引いたが、おそるおそる僕の手を取って立ち上がった。ひとまずケガはなさそうだった。

木村は傘をこちらへかざしてくれたが、どうせびしょ濡れだから断った。

それよりも、まだ片づけなければいけないことがある。

「……」

彼に向けて、僕は深々と頭を下げた。

あっけにとられたらしい気配が頭上から漂ってきたけど、構わず下げ続ける。しばらくして、意図を察したらしい。静かな声が降ってきた。

「……それは、ごめんなさいって意味か?」
「…………」

僕はそこでようやく頭をあげ、頷いた。

木村はわかっていたような、寂しそうな顔をして、やっぱりなと呟く。わかっていたのだろうか。
そうと知っていても口に出せる、その勇気がどこか羨ましかった。

「やっぱり、あの人じゃなきゃダメなのか?」
「……」

また僕は頷いた。

僕に手を差し伸べてくれたのも、怒ってくれたのも、全部失くしてしまった僕に再び与えてくれたのも、それはすべて迅だったから。

だから、僕の隣にいてくれるのは迅じゃないと、意味がない。

当の本人が忘れてしまっているのが何とも、と言ったところだが。

「……うん、そっか。だよな。俺が入る隙間なんか、最初からなかったんだよな」

木村はガシガシと頭をかき回すと、僕に向かって笑った。
それは昔に見た笑顔のままで、なんだかほっとした。

「もーいいや、諦めた。そもそもダメ元だったしな。それが何夢見たんだか」
「…………」
「そんな顔すんなよ。いいじゃん、俺に好かれてたってことは、みょうじが相当いい男だったってことだぞ」
「…………」
「おい露骨に嫌そうな顔すんな!!」

肩を小突かれ、僕は大げさに前につんのめって見せた。小学生の頃に、こんなやり取りをしていたのをたった今思い出したから。
木村はそれを見て、朗らかな笑い声をあげた。

「……?」
「ん? ああ、そろそろ引き上げるよ。ここ一応入っちゃダメだしな、用も済んだから」

それじゃあな、と言い残し、木村が駆け出していく。
一応警戒区域の外まで問題なく出て行ったのを確認して、僕は手を振った。

空を見上げると、雨は先ほどよりも弱まっていた。緊急脱出だと玉狛に戻ってしまうし、今なら走って帰れば、そこまで濡れないかもしれない。傘は壊れてしまったし。

トリガーをオフにすると、途端に雨粒が体中を打つ。上着を脱いで頭にかぶり、雨よけにした。多少は濡れてしまうが、本部に戻ればシャワーを浴びられるし、大して気にすることもない。

一歩大きく踏み出すと、ズボンの裾から膝までが一気に濡れる。

「…………」

なんだかどうでもよくなって、雨よけにしていたはずの上着を腕にひっかけ、僕は雨に打たれるまま走り出した。


「うわ」

「…………」

びしょ濡れになって本部の直通通路にたどり着いた僕は、これから任務らしい風間隊と鉢合わせた。僕のぬれねずみの姿を見て、菊地原くんが顔をしかめる。

「なんで傘持ってないんですか、こんな雨の日なのに」
「……」
「? 壊れた……ってことですか?」

両手を合わせて拝むしぐさをしたら、歌川くんがわかってくれた。
風間さんはそれを見てため息をつき、歌川くんと菊地原くんを振り返る。

「先に行け。このバカをどうにかしたら俺も向かおう」
「了解です」
「えー、放っとけばいいじゃないですか。もう19歳なんだし自分の責任でしょ」
「ほら菊地原、文句言ってないで行くぞ」

菊地原くんは律儀に頭を下げる歌川くんに引きずられていき、すぐに姿が見えなくなった。風間さんは僕にその場で待機するよう言いおいて、音も立てず去っていく。前々から思っていたが、彼の前世は忍者か何かだろうか。

しばらくして風間さんがもどってきて、僕の頭にぼふぼふとタオルを投げつける。シャワー室から持ってきてくれたのだろう。

「そのまま歩いたら基地の中が濡れるだろう」
「…………」
「後は自分で拭け。俺は行く」
「……」

返事の代わりに頭を下げる。
風間さんは自分が撫でやすい位置に来た頭が物珍しかったのか、わしわしと僕の髪をかきまぜた。

そして、いつも通りの平坦な調子でとあることを言った。

「お前と迅が、どんな結末を迎えようが俺の知ったことじゃないが、お前が沈むことで、少なからず影響を受ける人間がいることを忘れるなよ」

「……」
「菊地原が心配していたぞ」

風間さんはそれだけを言うと、さっさと基地を出て行ってしまった。
その背中を見送り、タオルで髪を拭く。

菊地原くんは素直ではないものの、本部にいる間はしょっちゅう絡みに来るので、そこまで嫌われてもいないと思う。むしろ1対1で話してくれるあたり、多少なりとなつかれているだろう。

そんな彼にまで心配をかけているというのは、申し訳ないを通り越して情けない。

「…………」

木村は、断られるのを覚悟で、僕に気持ちをちゃんと伝えてくれた。

僕もそろそろ、彼を見習って勇気を出す頃合いかもしれない。


「(とりあえず、売店行こうっと)」

お題:確かに恋だった

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