□わがままゆうま
「みょうじ先輩、模擬戦……どうしたの?」
「遊真か……。寒がりなのに布団もかぶらずに寝た人間の末路がこれだよ……」
ガラガラの声で、扉からひょこりと頭を出している遊真に応える。
俺がこんな声で、かつ昼間から布団をかぶって寝ている理由というのは、俺の言葉に尽きる。暑かろうが寒かろうが、きちっと布団をかぶって寝るのは大切だな。
自分で納得して、じっとこちらを見ている遊真に向け手を振る。
「そういうわけで、風邪がうつるから。小南とでもやりなさい」
「今日、こなみ先輩いないんだよ」
「えー……あ、そうか。どっか出かけるとか言ってたな……」
「ちなみにとりまる先輩もレイジさんもおるすです」
「あらまあ」
じゃあ修と千佳、と思ったが、口に出すのはやめた。
修は言わずもがな、千佳もいくらトリオンがすさまじいとはいえ、遊真の相手が務まるわけがない。
しかしこちらもつらいので、とにかく寝ようと、体を再び布団に横たえる。だが、いつまで経っても扉が閉められる気配はなく、不思議に思いながら様子を伺ってみた。
すると、遊真はまだ扉の間からこちらを見ている。
「……うつるぞ」
「おれトリオン体だから平気だよ」
「あ、そうか……」
「うん」
「……」
遊真は動く様子がない。なにやらもぞもぞと居心地悪そうに動いている。足を一歩こちらに踏み入れたり、逆に引き戻してみたり。その様子はなんというか、そう。
遊びたいのをこらえている小型犬というか。
風邪はうつらないというし、遊び相手がいないなら暇だろう。仕方がないか。
「あー……いいよ、こっちおいで遊真」
「!」
手招きすると、遊真はぱっと顔をあげ、いそいそとこちらへ寄ってきた。
俺の枕元に膝をついて、心なしか嬉しそうにしている。聞いたところによると、遊真は睡眠が必要ないらしく、通常より活動する時間が大幅に多いらしい。今は学校がないし、遊び相手もいないとなると退屈で仕方ないのだろう。
だったら勉強でもしろ、という話だが、言わないでおいた。
「そのへん漫画あるし、読んでていいよ。俺は寝る」
「うん」
机の上に乱雑に積まれた漫画を指さすと、遊真はそのうちの1冊を取り出し、ベッドを背もたれにぱらりと表紙を開いた。
後ろからそれを覗き込んで俺も読むことにしたが、ぱらぱらとめくったり、3ページくらいまとめてめくったり、とてもちゃんと読んでいるようには見えない。
少年誌だからフリガナも振ってあるし、遊真でも読めると思うのだが。
「……?」
「……みょうじせんぱい、水とか飲む?」
「え? いや、今はいいけど」
唐突にそんなことを聞かれ、そう返す。
遊真はそっかと返事をして、再び漫画をめくり始めた。一番の感動シーンまでもがあっさりと流されて、これは全然読んでないなとわかった。
しかし遊真は漫画をよむどころか、再びこちらを向いて、じっと顔を見つめてきた。
「……お腹すいてないか?」
「いや、大丈夫……てか何、どうしたの」
「……」
遊真は漫画を閉じて床に置くと、のっそりと俺の布団の上に乗り上げてきた。
体に覆いかぶさって落ち着く彼が、何を考えているのかわからない。大して重くもないからいいけど。
布団から手を伸ばし、白くてふわふわな頭を撫でてやる。
遊真は鼻までを腕にうずめ、何か訴えるようにこちらを見てきた。
「……退屈なのか?」
「……うん」
「……漫画じゃだめなのか」
「……一人だとつまんない」
ぽそりとそんなことを言われて、その言葉が遊真よりも重く胸にのしかかる。
そうか、退屈とかそういうのの前に、一人が嫌なのか。そりゃ勉強どころか、漫画もつまらないわけだ。いまはレプリカも行方不明だし。
しばし頭を撫でながら悩み、結局俺は腹筋を使って起き上がった。
乗っかっていた遊真がずり落ちそうになったので、背中に手を回して小さくて細い体を思いきり抱きしめてやった。
されるがままの遊真がいじましい。
「あーもうわかった。トリオン体なればいいし。模擬戦しようか、遊真」
「いいのか?」
「俺も寝てばっかは暇だし。訓練室行こう」
「うん」
遊真から手を離すと、今度は向こうから少しだけ抱き着いてきた。
そしてベッドから降りると、先に準備してると言い残し部屋から出ていった。廊下を行く足音がさきほどよりも弾んでいて、俺の顔も緩む。
可愛い後輩のわがままくらい、なんでもないものである。
だがしかし、満足いくまで模擬戦に付き合った俺が生ける屍と化したのは、また別の話。
「ただいま……ってどうしたの!? なまえ今日寝てるって言ってたのに!」
「遊真の模擬戦付き合ってた……50本くらい……」
「バカじゃないの!」
「だって一人じゃつまらないっていうから……なんかかわいそうで……」
「……そ、それは……仕方ないわね……」
「師匠バカだぁー」
「しょ、しょうがないでしょ!」
遊真は確信犯
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