僕たちの適正距離


今日は、痛いほどの雨がたたきつける中での任務だった。

「みょうじさん、こっち終わりました!」

足元に積み重なった近界民の残骸を足でつついていたら、後ろからそんな声がした。

振り向くと、弧月を杖に、くまちゃんが歩いてくるのが見える。足首を飛ばされてしまったようだ。歩きづらそうだななんて思ったけど、僕も左腕がないから、向こうもそう思っているかもしれない。

今日のメンツはくまちゃん、日浦ちゃんと僕。
玲ちゃんが来られないというので、代わりに僕がきた形だ。あたりを見渡してみると、まだ日浦ちゃんの姿は見えない。

「…………?」
「ああ、茜はすぐ合流するって言ってました。ここで待ち合わせになってます」

くまちゃんの言葉にうなずきを返す。頑張ったね、の意をこめて頭をなでると、くまちゃんは照れたように俯いた。頭を撫でられるのに弱いらしい。

彼女の頭から手を離して、ざあざあと雨が降りしきる空を見上げる。トリオン体であるとはいえ、水滴が鬱陶しいのに変わりはない。頭をふって水を払うと、くまちゃんが犬っぽい、と笑い声をあげる。
こちらも笑みを返して、未だ来ない日浦ちゃんを探すべく、あたりを見渡した。

その時、雨音に交じって、濡れそぼった足音が背後から聞こえた。

「?」

「あ、ちょっと! そこの人!」

僕が振り向く前に、くまちゃんが背後に向かって声をかける。
僕もそちらに顔を向け、そして目を見開いた。

透明なビニール傘をさして、一般人は入れないはずの警戒区域にいる人間。短く切りそろえられた前髪の下の、その顔に見覚えがあった。

そうと知らないくまちゃんは、僕の肩につかまりながら、彼に向かって言う。

「ここ、警戒区域ですよ! 一般人の立ち入りは……!」
「あ、ああ、えっと、悪い! ただその、」
「……」
「? みょうじさん?」

くまちゃんを制して、もう一度彼女の頭を撫でる。

彼を指さし、それから自分を指さす。しかしそれだけではわからなかったのか、首をかしげて不思議がっていた。それを見た男が、慌てて補足する。

「あー、俺、みょうじの友達なんだよ! 姿見かけて、つい来たっていうか……」
「え? そうなんですか、みょうじさん?」
「……」

頷きを返して、いったんトリガーをオフにする。
カバンから折りたたみ傘を取り出してさし、携帯に文章を打って、それをくまちゃんに見せた。

『あいつと話あるから、日浦ちゃんが帰ってきたら先に戻っていいよ』

「……先に? だけど、みょうじさんは……」
「…………」

安心させるように手を振ると、くまちゃんはしばしの間難しい顔をしていたが、やがてむくれて頷いた。
帰ったらランク戦をする約束をしていたから、拗ねているようだ。
不満げなお疲れさまでしたとの声に笑みを返し、近界民の残骸から飛び降りる。危なげなく着地した僕の姿に、彼は何を思っただろう。

気まずそうに首をかく木村を見て、僕はどんな表情をすればいいか、少し悩んだ。

「少し、歩こうぜ、みょうじ」


依然として雨脚は強いままだった。

僕と木村は、お互い無言のまま警戒区域を歩いた。
木村がここに来た理由は、僕の姿が見えたからではなくて(それも理由ではあったらしいけど)、警戒区域の中にある昔の家が気になったから、のようだ。

本当は届け出を出さなければならないが、見るだけなら僕もいるからいいだろう。
ばしゃばしゃと水たまりを踏んで歩く僕に、ようやく木村が口を開く。

「……あのさ、みょうじ。……なんか、ごめんな」
「……?」
「だから、その……告白とか、いろいろ」
「……」

首を横に振る。今更彼を責めたところで、そして謝られたところで詮無いことだ。

ただ表面を撫でるだけの付き合いだったと、僕と迅が気づいただけ。木村はただのきっかけで、責任を感じる必要はない。

「恋人さんにも、できたら直接謝りたいけど……やっぱり、それは無理、だよな」
「…………」
「……あ、えーと。仲良く、やってんの?」
「…………」

僕は何の反応もできず、ただ歩き続けた。

しかしそれを見て大体察したのだろう。木村はそっか、と小さく呟き、ひときわ大きな音を立てて水たまりを踏み抜いた。

後ろで立ち止まった気配を感じ、僕も立ち止まる。
木村はあの時と同じ目で、僕を見ていた。なんとなく、次に言われるだろうことが想像できた。

「ごめん。……そんなときに言うのも、って、自分でも思うけど」

ビニールを隔てたその奥で、木村は目をそらしている。

「あの時のこと、もう一度考えてくれないか」
「…………」
「なんでこんな惹かれるんだかわからない。でも、どうしても頭から離れないんだ」
「…………」
「みょうじ。本当に、俺じゃダメなのか?」

雨はまだ強く、やむ気配はない。いっそもっと強く降り続けて、彼の声もかき消してしまえばいいのにと思う。
僕の声は誰にも届かないのに、痛いほどの覚悟まで伝えてしまう木村の声はずるいと、そんな埒もないことを考えた。

声も出ないくせに口を開いたその時、木村の背後に何かが見えた。

反射的に木村の腕をつかんで後ろに投げる。大きく水が跳ねる音を聞きながら、トリガーを起動した。

「な、え!? みょうじ、」

『みょうじさん、門開きます!』

志岐さんの声とともに、今まで木村がいたところに黒い穴が開く。
現れたのはモールモッドで、少し大きいが数は1体だけだ。片手がなくても十分倒せる。

虫のようにこちらへと向かってくるモールモッドの足を、弧月で切り払う。
ブレードが首をかすめて、トリオンが流れ出した。だが、緊急脱出してしまうほどの漏出量ではない。
構わず距離を詰めて、弱点である眼を突き刺した。

あっけなく動かなくなった近界民を蹴り転がして、背後にいる木村を振り返る。

僕が持っていた折り畳み傘は、モールモッドの足の下敷きになって無残な姿をさらしていた。

お題:確かに恋だった

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