はじめーてーのー


Bのトリガーを言われるがまま起動したが、まだ手元にはA、そしてCのトリガーがある。
Cは使わないとして、レーダーに映らない、目にも見えないAのトリガーを、どうにかうまく使えないだろうか。

「……」

いや、待て。

確か僕は、生身の状態で目に見えないんだった。

ふと思いついて、それを実行するべく、弧月を握りなおす。
いつもよりずっと軽い体で前へ駆け出すと、迅が口の端をゆがめ、同じようにこちらへ向かってきた。

基本的な運動能力の差か、向こうのほうがずっと速い。
動きが速いなら、正面からぶつかれば確実にこちらが先にやられる。

なので、あと2mほどでぶつかるあたりで、僕はトリガーを解除した。

あっけにとられた顔をした迅は、次の瞬間慌てて立ち止まろうとした。が、あれだけ勢いづけて走って、急に止まれるわけがない。

後ろに体重をかけて止まろうとしていたので、トリガーを起動しながら、背後から膝を蹴る。
バランスを崩した迅が、背中から倒れかけた。

「うわっ、ちょっ!?」

慌てる迅、その様子を見て目を見開いている開発班たち、慣れない手つきでできるだけ早く弧月を抜く僕。
そして、足元を薙ぎ払うように、思い切り弧月を振った。



「いやー。おしかったよね、みょうじくん」
「…………」
「トリガーオフにしてこっち惑わせて、その隙に膝を狙うっていうのはいいと思うよ」
「…………」

「でもさ、弧月すっぽぬけて刺さってトリオン体崩壊ってさ」
「ああああうるっさい! 笑いたきゃ笑えば!」
「じゃあ笑う。あっはははははは!」
「腹立つんだけどコイツ!!」

げらげらと腹を抱えて笑い転げる迅に、なんかもう、死ねと思った。

模擬戦の結果、勝者は迅だった。敗因は、僕が刀なんて持ったことがなかったからだ。

弧月を思い切り振ったはいいが、握る力が足りなかったのか、迅の言う通り手からすっぽ抜けてしまったのだ。
周囲の時が止まり、次に動きだしたのは、くるくるくる……と円を描いて回りながら落ちてきた弧月が、僕にぶっささったときだった。

見事に供給機関につきささった弧月がトリオン体を壊し、妙に力んだ格好で立ちすくむ僕、無様に転がる迅。唖然としてこちらを見てくる林藤さんや鬼怒田さん、エンジニア。
次に響いた大爆笑に死にたくなったのは言うまでもない。

だが、その戦闘模様を見て、僕はレーダーにも目にも見えないAのトリガーと、目には見えるがレーダーには映らないBのトリガー、両方を与えられることになった。
もちろんまだ訓練生だから、与えられるのはまだ先だが。


「じ、じぶんにささるって、ひひっ、あはははは!」
「いつまで笑ってんだコラ」
「しぬ、まじでしぬ、これ絶対ボーダーに語り継がれる、むしろおれが語り継ぐ」
「やったら迅のカバンに女もののパンツ仕込むから」
「やめて。はー……。お腹痛い……」

ようやく笑いの発作が収まったらしく、迅は目に浮かんだ涙をぬぐいながら、座っていたベンチから立ち上がった。
涙出るほど笑ってんじゃねえ。

だが、もし実戦だったら今回のように、手からすっぽ抜けて終了しました、では笑えない。
先ほど、開発室から直接、手伝いにはもう来なくていい旨を伝えられた。透過体質の有用性が多少わかった今、手伝いよりもまず、正隊員になり、隠密行動専門の隊員となるほうがいいという判断らしかった。

そして、遅れに遅れてしまった訓練と、それにプラスで戦闘や隠密の基本を叩き込むと宣言してくれやがったありがたい先輩。つまりは僕の師匠にあたる人間。

「じゃ、訓練室行こうか、みょうじ」

「……了解」

それが、迅悠一なのである。

「あ、ごめん待って、まだ笑いの発作が……っふふふ……!」
「そのまま笑い死ね!」


◆ ◇ ◆ ◇


なまえが初任務へ行っている間、とある人物がなまえの戦闘風景のVTRを見ていた。

弧月が抜けて、使い手の体へ深々突き刺さる間抜けな様を見ても、その人物の表情はちらとも揺らがない。厳しく引き締まった顔のまま、映像を止めた。

「なるほど、透過体質か」

「そう。見ての通り、戦闘じゃ鍛えてもそこそこのレベルにしかいけないだろうけど。
見るべきは、武器を持った人間を前にして、サラリと生身になれる度胸だ」

ボーダーのトリガーは、民間人を間違って殺してしまうことがないようになっている。当たったとして、気絶するくらいの痛みを与える程度だ。

それを知ってか知らずか、自分以上の遣い手である迅に対して、恐れた様子もなく。
それに、戦闘が初めてだというのに、手を吹き飛ばされてもほとんど動揺をする様子を見せなかった。

動揺しなかったその理由の一つに、なまえがなまえでなかったときの記憶が関わっているのは、当然だが彼らが知る由はない。

「もう少し動きが洗練されれば、サイドエフェクトと合わせて、優秀な偵察になるんじゃないですかね」
「戦闘でも、彼のサイドエフェクトはなかなか役立ちそうだな。居場所を悟られないなら、背後からの攻撃も容易になる」
「そ。そう考えてみれば、なかなかの逸材連れてきたんじゃないか、迅は」

映像を再生していたプレーヤーを閉じ、林藤が言う。忍田もまた、なまえの活躍に期待していた。

「いや」

しかし、映像を見終えた城戸だけは、静かに目を閉じる。

「彼は、戦力として数えないほうがいい」

彼の言葉の意図を、正確に察することができるのは、おそらくなまえだけだっただろう。


「みょうじくん大丈夫? 弧月抜けてない? 刺さってない? 切腹してない?」
「うるせーよ!!」
「だ、だって……ふははははやっぱダメだあ! あはははは!」
「ああああぁもう誰かコイツのことぶった切って!」

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