トリガー、オン


「みょうじくん、こっちこっち」
「あ?」

いつもは本部についてすぐに開発室へ向かうのに、今日はなぜか迅に呼び止められた。

何事かと近づいていくと、迅は相変わらずぼんち揚げを食べながらついてくるように言う。

「何?」
「トリガー、みょうじくん用のが、試作品だけどできたってさ。一回使ってみてくれって」
「ああ……。というか、僕用?」
「この間、トリガー使ったら、全部透明になってただろ。レーダーにも映らないから、連携も何もないしね。それを改善できるよう、ひとまず3種類作ったらしいよ」
「へー。けど僕、まだ正隊員じゃないけど」
「例の、新作トリガーの開発工程でできたらしくてさ。まぁ試してみなよ」
「ふうん」

開発室は、今は急ピッチで訓練施設やシステムの整備、トリガーの量産にあたっているらしい。入隊希望者が日々増え続けている現在、末端にまで情報をいきわたらせるのが大変なようだ。
それなのに、わざわざ僕用のトリガーを作ってくれるとは、頭が下がる。

しばらく歩いて、ようやく訓練室にたどり着く。に入ると、スーツの中年が2人、ツナギ姿のエンジニアが数人、わちゃわちゃと話し合っていた。
そこに向けて、迅がおどけた敬礼をしながら声をかける。

「鬼怒田さん、林藤さん、みょうじくん連れてきましたよー」
「お、迅。その子か、透過体質くんは」

片手でトリガーホルダーをもてあそんでいたメガネの男が、こちらを見る。それに倣うように、丸っこい体系の男性とエンジニアが目を向けてきた。

エンジニアたちは顔見知りだったので、軽く会釈をする。それからスーツの二人に向き直った。

「初めまして、みょうじなまえと申します」
「おう。俺は林藤匠、んでこっちが鬼怒田さん」
「鬼怒田本吉だ。さっそくだが、こちらで作ったトリガーを起動しろ」
「はい」

トリガーを受け取りながら感じたのは、やはり予想していたより彼らが若いなあということ。この頃はまだ髪があったんだなと、特に何を見てではないが思った。

3つのトリガーには緑色のテープが貼ってあり、そこにAだのBだのと書かれている。全部で3種類、ひとまずAから使ってみよう。

トリガーを起動してみると、おお、とエンジニアたちから声が漏れた。
自分の手を見たが、やはり手はなく直に床が見える。透明になっているらしい。最初に起動したトリガーと同じだ。

「なるほど、これは厄介だな。見えない上にレーダーにも映らんか」
「やっぱトリオン体のコストはかかっても、専用のモデリングしたほうがいいっぽいな。みょうじ、次はこっちだ」
「はい」

一旦トリガーをオフにして、次はBと書かれたトリガーを起動する。

今度は手も足も透けない。服装は迅と似たような感じで、腰には刀がぶらさがっている。これが弧月だろうか。
それを見て、迅がおーと拍手した。
ていうかなんでこいつここにいるの。

僕を見て、また開発班は何事かを話し合う。それが終わったら、今度はCのトリガー。

これも同じく、体は透けなかった。だけど、さっきよりもずいぶん疲れる、気がする。

「うーむ。見た目もレーダーもオーケーだが、トリオンの消費が激しいな。これでトリガーを起動するとなると、ろくな戦闘はできんぞ」
「どっちか捨てるしかないなあ。Bなら、レーダーには映らないけど見た目はクリアしてるし、Bメインの開発でいいんじゃないですかねえ」
「そうだな。先にレーダーをかく乱するトリガーの開発にとりかかるか。視認させないトリガーはまず設計を」


「みょうじくん」
「あ?」
「林藤さんたち話してるし、先おれらはじめようよ」
「何を」

迅にこそりと耳打ちされて、首をかしげる。

すると迅は、Bと書かれたほうのトリガーを指さし、にっこりと笑った。なんだろう、一瞬可愛いと思ってしまった自分が消えればいいと思った。

しかしそんなこちらの考えなど知る由もない迅は、後ろにハートが付きそうな勢いで、

「模擬戦だよ」

と、これまた無理難題を口にした。


ボーダーに入ると決めた以上、避けては通れない道だと知っていたが、まさか初っ端からそんな無茶を言われるとも思っていなかった。

訓練室の向こうには、やる気満々で弧月を構えている迅。
変形自在のトリガーはまだできていない時期だったか。そして、その対岸で嫌そうな顔をして立っている僕。

何を隠そう、模擬戦の相手とは迅なのである。

「戦ったほうが結果的には早いんだよ、感覚とかつかむのにはさ」
「感覚うんぬんの以前に、僕訓練すらまともに出てないんだけど」
「大丈夫大丈夫、ものすごく手加減するから。まぁほら、力の差知っとく的な」
「……どうだか」
「ほら、早く弧月抜いて」

迅にせかされて刀を抜く。思っていたよりもずっと軽いが、刀なんかついぞ持ったことがない。
抜いたはいいが、何をすればいいかわからずまごついた。

その直後、左手が吹き飛んだ。

鈍い痛みと衝撃に戸惑ううちに、今度は喉にぴたりと何かがあてられる。

迅が喉の奥で笑う声が聞こえて、ああ切られたのかと納得する。
見えないしわからないし早いし。なにそれ。

「……うわ」
「抜いたら切りかからないと。おれが近界民なら死んでたよ」
「いや人間でも死んでただろ」
「つべこべ言わない。利き手残ってるんだから、まだやれるでしょ」

喉から弧月がどいた。
左手を改めて見ると、手首からすっぱりと切り落とされている。痛みはあるが、無視できる程度だ。さすがトリオン体。

しかし、いいように切られてしまったのが悔しい。

どうにかひと泡吹かせられないだろうか。

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