天邪鬼に恋?


おれは頭がおかしくなったのだと思う。

こう、ふとしたときに、みょうじの顔が頭に浮かんで離れなくなる。
その瞬間は本当に様々で、例えば授業中だとか、飯を食っているときとか、風呂に入っているときとか。とにかく、意識していない時だ。

そしてその後必ず、心臓がどくどくと速くなって顔が熱くなって、なんていうか、そう。


「こいだな」

「っは!?」

唐突に槍バカが言ったことに、おれは思わず過剰反応を示してしまった。

はっと我に返ると、きょとんとした顔でおれを見る槍バカ。そして、渦中の人物、みょうじ。おれの正面に座っていて、隣の槍バカから表情が見えない位置だから、思いっきりバカにした顔をしている。
そのおかげで一気に冷静になった。

「どしたよ、弾バカ」
「べっつに? なんの話だったっけ?」
「? だから、鯉。カエルか鯉か、解剖すんならどっちって話してたろ?」
「あー……」

今は生物の授業中だ。
班を組んで、カエルか鯉のどちらかを解剖し、レポートにまとめるという課題。おれは槍バカと組み、槍バカがみょうじを誘って、この3人班である。

ということをすっかり忘れて、ぼけっとしていたわけだが。

「……わり、ぴよってた」
「大丈夫かー? 弾バカそんな解剖とか苦手だったっけ」
「や、別に。……おれカエルのがいいわ」
「そか。みょうじやるんだったらどっちがい?」

槍バカがみょうじに話を振る。みょうじは少し考えるようなそぶりを見せてから口を開く。

「俺もカエルかな。魚臭くなるの嫌だしさ」
「2対1でカエルかー。鯉だったら魚捌く要領でやれると思ったんだけどなー」
「カエル捌くのもどこかで役に立つかもよ?」
「と、思うじゃん? そこまでサバイバルする気はなー。さすがにな」
「はは。それじゃあひとまず、解剖するのはカエルな」

みょうじの手が、プリントのカエルという文字に○をつける。

やっぱり、多少は手荒れが改善されたような気がした。ひび割れた指先が治るにはまだかかりそうだが、手の甲なんかはきめが細かくなっている。

班で一枚ずつのプリントに書き込みがされていくのを見ていたら、ふとその手に触れたことがあるのを思い出してしまった。
意外と体温が高かったこととか、意外とごつかったこととか、タコができていたこととか。

ああ、まただ。
心臓が速くなって、顔が熱くなってきた。

手に汗が滲んだのを隠すように握りこむと、教卓の前にいた生物教師が声をあげた。

「次は観察プリントを配りまーす。計画書は教卓に提出してねー」

「お。んじゃおれ出してくるわ」
「うん、頼むわ」

槍バカが席を立ち、書き込まれたプリントを手に教卓へと歩いていく。正直おれはそれどころじゃなかったので、教科書をぺらぺらとめくって、どうにか自分を落ち着かせようと奮闘していた。

そして、それに集中しすぎたのか、結果的によくなかったらしい。

必死で顔のほてりを抑えようとしていたら、ふいに目の前にずい、と白い何かが突き出される。慌てて顔をあげ、こちらをまっすぐ見ているみょうじと目を合わせてしまった。

「……あ……」
「? 出水、ほらプリント」
「あ、あぁ、うん……」

尋常ではない鼓動にびびりながらも、受け取るために手を伸ばす。

そして指先と指先が、ほんの少しだけ触れ合った。

「……ッ!」

その時にもしもチャイムが鳴っていなかったら、おれは破裂して死んでいただろう。


「お前、みょうじのこと好きなの?」
「んぐっ!?」

昼飯時、唐突に槍バカがそんなことを言い出した。

おかげで飲み込もうとしていた米が喉に引っかかり、窒息の危険をあじわうこととなった。

「げほっ……。おい槍バカ、お前なんだ? バカがさらに肥大したか? なんでそうなったんだよ」
「なんとなく? さっきの授業んときも、なんかやたら意識してたっぽかったし」
「……喧嘩とかかもしれねーだろ」
「喧嘩で顔は赤くなんねーだろー。弾バカ肌白いからわかりやすいよな」

ハイライトのない目で笑われて、思わず片手で自分の顔を触る。赤くなっていただろうか。あれだけ熱かったし、その通りなのかもしれない。

悔しかったので、槍バカのジュースを一気飲みしてやった。
まずかった。

「別に偏見はねえけどさ、どうなん?」
「……まだ確定ではない。と、……思う」
「ふーん」

渋々ながら、変に隠してあら捜しされるよりはと、正直に答える。

槍バカはそっかそっかと、やたらとにやつきながら頷いた。何というか、理由はないけどぶん殴りたい。ジュースの空きパックを折りたたんで槍バカの胸ポケットに突っ込み、食い終わった弁当箱を片づける。

そんな様子を見て、槍バカはちらりとどこかに視線をやった。
おれもそれにならうと、数人のグループの中で笑っているみょうじがいる。いつもの笑顔だけど、どうしてかあまり胸が騒がない。

「弾バカにも春が来たかー。なるほどなるほど」
「うっせーな、確定じゃねーつの」
「と、思うじゃん? そうでもないように見えんだよなあ」
「はあ?」
「まぁ、悩め若者よ」

おめーも同い年だろうが、とツッコミを入れながら、その言葉の意味を模索した。

パンジー:もの想い、私を思って

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