□天邪鬼に恋?
おれは頭がおかしくなったのだと思う。
こう、ふとしたときに、みょうじの顔が頭に浮かんで離れなくなる。
その瞬間は本当に様々で、例えば授業中だとか、飯を食っているときとか、風呂に入っているときとか。とにかく、意識していない時だ。
そしてその後必ず、心臓がどくどくと速くなって顔が熱くなって、なんていうか、そう。
「こいだな」
「っは!?」
唐突に槍バカが言ったことに、おれは思わず過剰反応を示してしまった。
はっと我に返ると、きょとんとした顔でおれを見る槍バカ。そして、渦中の人物、みょうじ。おれの正面に座っていて、隣の槍バカから表情が見えない位置だから、思いっきりバカにした顔をしている。
そのおかげで一気に冷静になった。
「どしたよ、弾バカ」
「べっつに? なんの話だったっけ?」
「? だから、鯉。カエルか鯉か、解剖すんならどっちって話してたろ?」
「あー……」
今は生物の授業中だ。
班を組んで、カエルか鯉のどちらかを解剖し、レポートにまとめるという課題。おれは槍バカと組み、槍バカがみょうじを誘って、この3人班である。
ということをすっかり忘れて、ぼけっとしていたわけだが。
「……わり、ぴよってた」
「大丈夫かー? 弾バカそんな解剖とか苦手だったっけ」
「や、別に。……おれカエルのがいいわ」
「そか。みょうじやるんだったらどっちがい?」
槍バカがみょうじに話を振る。みょうじは少し考えるようなそぶりを見せてから口を開く。
「俺もカエルかな。魚臭くなるの嫌だしさ」
「2対1でカエルかー。鯉だったら魚捌く要領でやれると思ったんだけどなー」
「カエル捌くのもどこかで役に立つかもよ?」
「と、思うじゃん? そこまでサバイバルする気はなー。さすがにな」
「はは。それじゃあひとまず、解剖するのはカエルな」
みょうじの手が、プリントのカエルという文字に○をつける。
やっぱり、多少は手荒れが改善されたような気がした。ひび割れた指先が治るにはまだかかりそうだが、手の甲なんかはきめが細かくなっている。
班で一枚ずつのプリントに書き込みがされていくのを見ていたら、ふとその手に触れたことがあるのを思い出してしまった。
意外と体温が高かったこととか、意外とごつかったこととか、タコができていたこととか。
ああ、まただ。
心臓が速くなって、顔が熱くなってきた。
手に汗が滲んだのを隠すように握りこむと、教卓の前にいた生物教師が声をあげた。
「次は観察プリントを配りまーす。計画書は教卓に提出してねー」
「お。んじゃおれ出してくるわ」
「うん、頼むわ」
槍バカが席を立ち、書き込まれたプリントを手に教卓へと歩いていく。正直おれはそれどころじゃなかったので、教科書をぺらぺらとめくって、どうにか自分を落ち着かせようと奮闘していた。
そして、それに集中しすぎたのか、結果的によくなかったらしい。
必死で顔のほてりを抑えようとしていたら、ふいに目の前にずい、と白い何かが突き出される。慌てて顔をあげ、こちらをまっすぐ見ているみょうじと目を合わせてしまった。
「……あ……」
「? 出水、ほらプリント」
「あ、あぁ、うん……」
尋常ではない鼓動にびびりながらも、受け取るために手を伸ばす。
そして指先と指先が、ほんの少しだけ触れ合った。
「……ッ!」
その時にもしもチャイムが鳴っていなかったら、おれは破裂して死んでいただろう。
「お前、みょうじのこと好きなの?」
「んぐっ!?」
昼飯時、唐突に槍バカがそんなことを言い出した。
おかげで飲み込もうとしていた米が喉に引っかかり、窒息の危険をあじわうこととなった。
「げほっ……。おい槍バカ、お前なんだ? バカがさらに肥大したか? なんでそうなったんだよ」
「なんとなく? さっきの授業んときも、なんかやたら意識してたっぽかったし」
「……喧嘩とかかもしれねーだろ」
「喧嘩で顔は赤くなんねーだろー。弾バカ肌白いからわかりやすいよな」
ハイライトのない目で笑われて、思わず片手で自分の顔を触る。赤くなっていただろうか。あれだけ熱かったし、その通りなのかもしれない。
悔しかったので、槍バカのジュースを一気飲みしてやった。
まずかった。
「別に偏見はねえけどさ、どうなん?」
「……まだ確定ではない。と、……思う」
「ふーん」
渋々ながら、変に隠してあら捜しされるよりはと、正直に答える。
槍バカはそっかそっかと、やたらとにやつきながら頷いた。何というか、理由はないけどぶん殴りたい。ジュースの空きパックを折りたたんで槍バカの胸ポケットに突っ込み、食い終わった弁当箱を片づける。
そんな様子を見て、槍バカはちらりとどこかに視線をやった。
おれもそれにならうと、数人のグループの中で笑っているみょうじがいる。いつもの笑顔だけど、どうしてかあまり胸が騒がない。
「弾バカにも春が来たかー。なるほどなるほど」
「うっせーな、確定じゃねーつの」
「と、思うじゃん? そうでもないように見えんだよなあ」
「はあ?」
「まぁ、悩め若者よ」
おめーも同い年だろうが、とツッコミを入れながら、その言葉の意味を模索した。
パンジー:もの想い、私を思って
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