入隊(しかし戦わない)


迅に伝えたことを、同じように家族にも伝えて。
納得の上でボーダー入隊の書類を提出し、僕は晴れて正隊員となった。

とはいうものの、内心しっくり来ていない気はするし、母親なんかはまだ納得していなくて冷戦状態だから、問題はまだまだあるけど。
ひとまずは動き出せた、といったところだ。

一応の訓練生制度はあるものの、細かい規定は少しずつ違う。通常トリガーの量産はできつつあるが、まだ全員にいきわたるほどでもない。だから、訓練用のトリガーは訓練室にいくつか用意しておいて、持ち出しは禁止。使うときは必ず訓練室で、みんな順番に。

待ち時間が長くなるから効率は悪いが、量産ができていない現状ではこれが限界だろう。正隊員になればきちんと戦闘用トリガーは支給されるし。

ちなみに、僕も訓練生だが、あまり訓練には参加していない。まずはサイドエフェクトの解析を急ぐからというのが一点。そして、もう一点。


「おーい、これ開発室Bに持って行ってくれ!」
「はい」

箱いっぱいに入ったトリガーホルダーを、作業服姿の隊員から渡される。頼んだぞー、の声を背中に受けながら、あわただしく働く人たちの中を出た。

解析されている間、暇すぎて退屈なのを見た迅が、あろうことか人手不足で忙しくて死にかけている開発班に、僕を押し付けたのである。解析しつつ手伝いすれば一石二鳥だろうと。
最初に挨拶をした時の、パシリが来たという目はおそらくずっと忘れられない。

開発班の手伝いに駆り出されるから、なかなか訓練に参加する時間がないというのが、もう一つの理由だ。別に正隊員になるのを急ぐわけでもなし、サイドエフェクトをもとにして新しいトリガーが出来上がる方が優先だからだ。
無論訓練はするものの、同期に比べればはるかに劣っているのはわかっている。

だけど、学校が終わったらボーダーに来て、使い走りにされて、サイドエフェクトの解析を進められて。
それがOLだった時代を思い出して、少し懐かしかった。

……中学生の使い走りと社会人と仕事量が全然違うけど。
未成年だから残業ないしな。

「お、みょうじ君」

かつての決算期を思い出しながら歩いていると、通路の曲がり角から、ひょこりと迅が顔を出した。僕が見えるということは、今はトリオン体じゃないらしい。
のこのことこちらに来て、のんきに手を振っている。

「お疲れー。どっか行く途中?」
「開発室B」
「ああ、改良するやつ? 結構多いね」
「ん」
「……ねえ、相変わらずおれにドライだよね」

迅が胡乱気な目で見てくる。目をそらして黙殺した。

なんだろう、なんでだか気に食わない。まだ幽霊扱いされたこと、ぶつかられたことを謝られていないからか。漫画の中では、別段気になるキャラクターでもなかったのに、どうしてだろう。
まあ別にいいや。

ふと、迅の後ろに小さな影があるのに気が付く。
その人影は、きょろきょろとあたりを見回してから、胡散臭そうな目で迅を見た。

「……ねえ、迅、誰と話してるの?」

子供らしい高い声。ショートカットの、気が強そうな女の子だった。
尋ねられた迅が、ああ、と声をあげる。そしてこちらを指さすと、彼女に言った。

「換装解いてみな、小南。ここに人いるから」
「えっ……そうなの!?」
「うん。面白いサイドエフェクトの人だよ」

慌ててトリガーをオフにする少女。
こなみ、という名前に、ようやく小南桐絵という少女を思い出した。

あらためて生身になった少女は、僕のことを頭の先からつま先までじっくりと眺めて、目を瞬かせる。

「いっ……いつからいたのよ!?」
「迅が話し始めたあたりで既にいたけど……」
「み、見えなかったわ!」

忍者みたい、と目を輝かせる小南さんに、むずむずとこそばゆくなる。そんな純粋な目を向けてくれるな、頼むから。

「みょうじくん、こいつ小南。小さいけど凄く強いよ。んで小南、こっちみょうじくん。透過体質っていうサイドエフェクト持ってるんだよ」

迅がそう紹介した。
よろしくとこちらが頭を下げると、小南ははっとしたように(無い)胸を張る。

「あたしは小南桐絵。先に言っておくけど、あたしは弱いやつは嫌いよ。いくらサイドエフェクト持ってたって、あたしのほうが先輩で強いってことは忘れないでよね!」

「…………」

すがすがしい自己紹介に、思わずひくりと頬がひきつった。
それを見た迅は何を勘違いしたのか、小南さんに向き直る。彼女はやり遂げた顔をしていた。

「おい小南、初対面でそれって」
「本当のことじゃない! 最近、新参者が毎回あたしのこと迷子扱いするのよ! あたしより弱いし、後に入ったのに!」
「いや、みょうじくん初対面じゃん」
「え? あっ……」

そういえば、という顔をして、小南さんは口を両手で押さえる。
相当フラストレーションがたまっていたようだ。漫画を読んでいた限りでも、プライドは高そうな子だし、実際実績を積んできたという自負もあるだろう。

しかし。

「……ご、……ごめんなさい……」

素直である。

僕が何も言わないからか、怒っていると思ったらしい。別にそのくらいじゃ腹も立たないのだが、迅に言われてすぐに謝れるその素直さ、見習いたい。

しょんぼりしてしまった彼女を見て、少し考える。
プライドを傷つけず、かつ励ます方法。それは。

「……じゃあ、よろしくお願いします。小南『先輩』」

年下の上司も年上の部下もいたし、大して抵抗はなかった。

頭を下げて、ちらっと小南「先輩」の顔をうかがう。あっけにとられたような顔から、ぱあっと表情が輝きだした。ちょろい。
僕が顔をあげると、彼女は先輩ぶっているのか、さらに胸を張った。

「し、仕方ないわね! そこまで言うなら、先輩になってやってもいいわ」

今みょうじくん一言しか言ってないじゃん、と迅が小さくツッコミを入れたが、小南先輩の耳には届かなかった。

ところで、そろそろトリガーを届けに行ってもいいだろうか。


「てかさ、おれも一応先輩だけど。ボーダーも学年も」
「あーうんそーね」
「雑!!」

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