死んだように生きること


協力すると約束はしたものの、さすがに骨折したままの足で本部まで行くのは危険ということで、結局は動くのに支障がない程度に治ってから、という話になった。

行けるようになったら連絡してくれと、突き返したはずの連絡先を再び迅から受け取って、僕は骨折が治るのを待った。

治ったころには、すでにボーダーはニュースや新聞でさかんに取り上げられ、周知の組織となっていた。
隊員の募集もかけられ、新しく入隊した隊員をテレビで特集したり、密着取材が行われたり。フォーカスされるのは上層部で、やはりというか、迅は表に出てこなかった。


「なまえ、どっか出かけんの?」
「んー」

玄関で靴を履いていたら、背後から弟に話しかけられた。
こいつは懸念されていた脳震盪による後遺症もなく、今は健康そのものである。しかし僕に対する尊敬のなさというか、そんなものが気になる今日この頃だ。
尊敬されるような人間でないのは知っているが。

「さっき電話してたけど、その人んとこ? 彼女?」
「違うし。電話の相手っていうのはあってるけど」
「ふーん。じゃあ帰りにアイス買ってきて」
「てめーで買えや」

無駄に整った顔にでこぴんをお見舞いして、夕方には帰るからと言いおいて家を出た。

電話の相手は迅だったのだが、日取りを決めようとしたらすぐに来いとのことだったので、気は進まないが行くことにした。一度了承した手前、バックレるのも咎める。

しかし、解析といっても何をするのか見当もつかないなあ。

目的の場所に向かうと、そこにはすでに人だかりができていた。
警戒区域と名付けられ、テープの貼られた場所を、テレビ局のレポーターやカメラマンたちが取り囲み、口々に何かをしゃべっている。
未曽有の大災害、取材しないわけにはいかないだろう。これでも、数か月前に比べれば少なくなった方だ。

しかし、あれだけ囲まれていると、どうやって本部に行けばいいのかわからない。
何せ警戒区域のど真ん中に本部がある。

迅に電話して聞こうかと携帯を取り出しかけたところで、にわかに報道陣がざわめいた。

「ちょっと、アレ……」
「おい、まじかよ!」

そんな声につられて顔をあげる。
そして息をのんだ。

空に大きく、ぽっかりと空いた黒い穴。
見たことがある、だけど初めて見たもの。
ざわめきはだんだん悲鳴へと変わっていき、逃げ出す人たちも出てきた。穴からはずるりと、白い巨体が這い出てくる。あたりに響く警報音が気にならなくなるくらい、その光景に目を奪われた。

何度も見ていた。漫画の中では。だけど、実際に目にすると、ここまで。

バムスターと呼んでいたそいつの目が、こちらを見たような気がした。

きゃあきゃあ騒いで逃げていく報道陣を横目に、その場に根が生えてしまったように立ちすくむ。
バムスターは僕を素通りし、逃げる報道陣を追いかけていく。

その巨体を、光の刃が切り裂いた。

「あ、」

ばらばらと崩れていく白い体と、僕の背後に誰かが降り立つ音。

そいつはやはり僕を素通りして、崩れたバムスターのほうへと歩み寄った。その横顔を見て、ずきりと胸が痛んだ。

「…………」

報道陣は逃げおおせたらしい。目をふさぎたくなるようなものはない。バムスターはもう動かない。だから。
だから、お前がそんな顔をする必要なんかないはずなんだよ。迅。

迅はじっとバムスターを見つめていたが、やがて頭をかいて、どこかに連絡し始めた。

「迅です。一体仕留めたので、回収お願いします」

機械的にそう報告して、迅はすぐに踵を返した。
そこでようやく、自分がここにいる理由を思い出して、迅の足の前に足を出す。

「ぶべっ!」

絵に描いたように見事に彼がすっころぶ。
しかしさすがはトリオン体、すぐに体を起こしてあたりをきょろきょろと見まわしている。そしてはっとしたように表情を変えると、おそるおそる口を開いた。

「……みょうじくん? いんの?」
「お前の後ろにな」
「うわこわっ!」

おののく迅の腕を引っ張り、その場に立たせる。
迅はまじまじとあらぬ方向を見ていたが、やがてあきらめたように首を振った。

「だめだ、やっぱり見えない。本当に変わったサイドエフェクトだよね」
「未来視えるっていうのも変わってんじゃないの。というか、どこから行けばいいのかわからないんだけど」
「ああ、うん。案内するよ。ただまた近界民出てきたらまずいから、トリガー解けないんだ。はぐれないようついてきて」
「わかった」

彼が歩き出す。先ほどの表情はなりを潜めていて、なぜか安心した。

先を行く迅の後をついて歩き、ようやく僕は本部へと入ることができた。


解析といっても、その実態は念入りな健康診断のようなものだった。

問診やら何かの機械を取り付けて計測やら、あとは実際にトリガーを持たされて起動したりだとか。ちなみにトリガーを起動したらその場から消えた(ように見えた)らしい。
付き添っていた迅が鏡を差し出してきたので見てみたら、確かにそこに自分の姿はなかった。サイドエフェクトの仕組みはよくわからないが、開発班の人々が大興奮していたので、何らかの役には立つのだろう。

とにかく、そうして僕の用事は終わった。

「お疲れ、みょうじくん」
「どうも」

ぼんち揚げの袋を差し出され、一つもらった。迅は前に立って、座る僕を見下ろしている。今はトリオン体ではないようだ。

「役立つの、今日測ったやつは」
「だと思うよ。開発の人喜んでたし。できたらまた協力してほしいってさ」
「はぁ」
「もちろん、ボーダー入ってくれたらそれが一番うれしいけどね」

冗談めいた口調で迅が続ける。目は笑っていなかった。

だけど僕は、何も言えずに黙り込んだ。今日、改めて近界民を見て、目をそらしていた事柄が再び頭をもたげたからだ。

近界民を倒すことを、街を守ることを、全部人に押し付けていいのか。
自分ではそんな感じはしないが、スカウトされたということは、力になれる可能性があるということだ。今だって、サイドエフェクトの解析に協力しただけで喜ばれた。

どうやらカメレオンどころか、バッグワームもまだできていないらしく、まったく姿が見えないというのはかなり斬新なようだった。

それと加えて「私」は、これから起きるだろう出来事を、ある程度知っている。
おぼろげになってしまった部分もあるけど、それでも大体の流れを覚えている。

それなのに、この少年の命を守りたいがために、すべて人に押し付けていいのか。

「みょうじくん?」

開発班の人だって、何日も寝ていないようだった。迅もまた、疲労が色濃く残った顔をして。
あんな、生きているのか死んでいるのかわからないような顔をして。

それなのに。

「…………」
「お悩み中?」
「まぁ」
「ふーん」

迅はぼりぼりと音を立ててぼんち揚げをかじり、飲み込んでからまた口を開いた。

「迷ってるなら、とりあえず行動してみたら?」
「あ?」
「なにで悩んでるのか知らないけどさ。でも、どっちかっていうと答え出てるのに迷ってるっていう感じがする」

どう?と尋ねられて、僕は不承不承うなずいた。
女は相談するときにはすでに答えが出ているというが、元・女でもそれは変わらないらしい。相談したわけではないが。

しかし見透かされていたのは確かなようで、それほどわかりやすかったのだろうか。

「それなのに立ち止まってたら、辛いのはそっちだろ?」
「…………はぁ」

ため息をついて、頭をかきむしる。

人の命ではあるけど、今は私の、僕の命。
もし「これ」を返すその時に、彼が恥じるようなことはしたくない。だからだ。そんな理由をこねくり回して、私は迅の姿を目に映した。

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