ほんとは好きでしたなんて、遅すぎる


なまえがいないことが、少しずつあたり前になりつつあったある日のこと。

最近は玉狛支部にも帰ってこず、宇佐美や小南が首をかしげていた。レイジさんにはちょくちょく連絡が来るようで、任務にも顔を出しているらしい。だから問題はない。

ある時、おれが自室で報告書を作っていたら、突然部屋のドアが勢いよく開いた。

パソコンの画面にしか目を向けていなかったせいで、全く分からなかった。

「うぉ……なんだ、京介か……」

ドアの向こうに立っているのは、いつも通りのポーカーフェイスの京介。
しかし、その背後に何か燃え盛っているものが見えるのは気のせいなのだろうか。

「迅さん」
「な、何?」
「知ってますか、最近みょうじさんがまた弧月を使い始めたそうですよ」
「へ?」
「毎回腕や足飛ばして、任務が終わったら必ずトリオン体直さないといけないとか」
「う、うん」
「そのうち生身の体のことも軽く考えそうですよね」

京介はそれだけ言うと、再びドアを閉めて去っていった。

まるで台風みたいな一連の流れにあっけにとられたけど、すぐにイスから立ち上がる。

なまえは今でこそああも穏やかだけど、数年前、入隊当時は秀次に輪をかけた近界民排斥主義で、そのためなら自分がどうなっても構わないという思考だった。
それが再来したのだとしたら、そのうちまた、生身で近界民に向かっていくなんていう暴挙を犯すかもしれない。
それだけは止めなくては。

と、踏み出しかけた足が、その場に再び下ろされた。
机の上にある、赤い輝きを見たせいで。

「……」

なまえのピアス。
俺が彼に渡した、いわば首輪。そんなものを付けたせいだろうか。彼が去って行ってしまったのは。

だけど、どうしても不安だった。どうにかしてつなぎとめておかないと、どこかへ一人消えていってしまいそうで。ボーダーに入りたての頃は、その思いが特に著しかった。

筆談を面倒くさがっていたのか、何を言われても何をされても、反応はなかった。
応える代わりに弧月を振るい、近界民を切り裂いて。意思表示がないから、こちらが意識しなければその存在が希薄になった。

だから。

だから、彼がいなくなるのが怖かった。

「……あぁ」

そうだった。

おれはただ、なまえがいなくなるのが嫌だったんだ。

おれ以外でもいいんじゃないかとか、おれよりもあいつのほうがいいんじゃないかとか、そんなのは全部こじつけで、おれ以外のだれかを選ばれるのが嫌だった。
そばにいてほしかった。

母や最上さんのように、おれの傍から消えていく誰か。その一人がなまえだったらと考えるだけで怖気が走った。
だから守らなければいけないと思った。

「結局、自分のためだったんだな」

ぽつんと呟いてみたら、その言葉は意外とすんなりと胸に落ち着く。

窓の外を眺めると、先ほどまで降り続けていた雨は弱くなりつつあった。しとしとと静かな雨音に耳を傾けながら、ようやく明瞭になった自分の頭を回す。

いなくなってほしくなかったから、だから何だ。それはおれの思いだ。
なまえの思いはきっと、また違うもの。その相違が今回の出来事の原因。

だから、それを突き止めなければいけない。

だけどひとまずは、自分の身を顧みないなまえを止めることが先決だろうか。
俺はハンガーにかけていた上着をとって羽織り、急いで部屋を出た。


◇ ◆ ◇ ◆


ばたばたと忙しい足音が玄関あたりから聞こえてきて、ダンベルを持ち上げていたレイジさんはいぶかしげにそちらを見た。

「……なんだ?」
「迅さんが、だれかに呼び出されたんじゃないすか?」

おれは課題から顔を上げずに、そんなことを言った。

もちろん呼び出されたわけじゃないのは知っている。きっとみょうじさんのために走っているのだろう。先ほど焚き付けてきたばかりだ。

課題に出されたところは正直苦手な部分で、教科書を見て四苦八苦しながら解いていく。いつもならあの人がいて、図入りの解説を展開してくれるのに。
教員志望でもないのに、彼はとても問題の解説がうまい。何度お世話になったことだろうか。

「少しくらい発破がかかればいいんだがな」
「そうっすね」

レイジさんの言葉に相槌を打って、内心で少しどころじゃないですよと反論する。

迅さんもみょうじさんも、お互いのためと思うと、暴走しすぎるくらいに視野をせばめ、考えすぎる人たちだ。
それがこじれて今は気まずくなっているけど、とっとと元に戻ればいいのにと思う。

そうでなければおれが辛い。

もしかしたら、自分にチャンスが、なんて思ってしまうから。

「……あの二人、ちゃんともとに戻りますかね」
「戻るだろ」
「ですよね。迅さんとみょうじさんですし」

みょうじさんの目には迅さんしか映っていないことくらい、とっくにわかっている。

こちらが気恥ずかしくなるくらい二人は一緒にいるから、おれが付け入る隙もなくて、変な期待を抱くこともなかった。

携帯を手に取って、未送信メールのボックスを開く。そこには書きかけのメールにまぎれて、一通だけ完成したメールが入っている。
何度も送りかけたそのメールをまたもう一度読んだ。

「みょうじさんと本当に別れるなら、俺がみょうじさんのこと、もらってもいいですか」

迅さんに充てたそのメールはきっと、誰にも届くことはないだろう。

おれがいい後輩でいられる間に、早く仲直りしたほうがいいっすよ、迅さん。

お題:確かに恋だった

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