待ちわびたトリックスター


今から数年前。
おれらがまだ、高校に入ったばかりのころ。

「なあみょうじ、宿題見して」
「ん」
「さんきゅー」

特別気が合うとか、特別優しいとかじゃない。ただ、席替えしたら席が近かったから。たったそれだけの理由で、おれはみょうじというメガネとよく話した。

みょうじはいつも、タイトルの漢字でつまづくような本を読んでいる。
読書中だから聞こえないかと思っていたが、話しかけてみるとちゃんと答えが返ってくる。ちゃんと話の内容も聞いていて、まるでオペレーターみたいな奴だと思った。へーれつしょりがどうのとか、聞いたような聞かなかったような気がする。

借りた宿題を自分のノートに写しながら、ふと教室の隅っこを見る。
おんなじようなキャラの奴らがこそこそ集まって、こちらを見てにやにやしていた。

「みょうじってさあ」
「何」
「実は意外と周り見てるよな」
「そろそろ先生来るぞ」
「うわやべ」

まだ半分しか写していないので、慌ててシャーペンを走らせる。
できていないと立たせる教師なので、とりあえずでもやってあることを見せないと、昼寝ができなくなる(まだ朝だけど)。

本ばっか読んで暗いヤツ、友達いないんだろきっと、太刀川の子分って噂本当なんだろうな。電車の遅延やテストのことより、よっぽどイラッと来るその声は、最近よく聞くもの。
みょうじが前よりもそっけなくなったのも、それと同じくらいの時期だった。
だけどまぁ、ほっときゃ収まるだろうと思ったから、まあとりあえず無視しておこうと決めた。

だけど、ある日。
スーパーで買い物してから帰ろうとしていたら、ふと黒い塊が見えた。

黒い塊はうちの制服で、そのうちのひとつに見覚えがあった。

驚かしてやろうとじわじわ近づいていって、だんだん様子が見えてくる。
一人突っ立っているのはやっぱりみょうじで、その足元に大量の紙が落ちている。破れた茶色い封筒みたいなのが、おれの足元に飛んできた。
その向かい側で、あのコソコソトリオが落ちた紙を踏んだり、紙を見て笑ったりしている。

おかしく思いながらも茶色い封筒を拾ってみると、外にはなんとか編集部、おんちゅう?だっけ。とりあえずそんなことが書いてある。よく見るみょうじの字だった。

「みょうじー」

後ろから声をかけると、コソコソトリオの動きが止まる。
呼びかけられたみょうじは無表情でこちらを振り向いた。わからないけど、なんか驚いてる、気がする。あ、やっぱ驚いてねえなこれ。ん? 驚いてるか?

「太刀川。……シャツのボタンズレてるぞ」
「えっマジで。……うわ、ハズカシ」

なんかごわごわすると思ったら、ボタンを留める位置を間違えていたらしい。
封筒をみょうじに渡してからシャツを直し、トリオに向き直る。なんか顔が青い。
「お前ら楽しそうだなー。何が面白かったのか、おれにも教えてくれよ」
「い、いや……俺ら、ふざけてただけだし……なあ?」
「なあ? だろ、みょうじ?」

なぜかみょうじに同意を求めるコソコソAとB。そうなのかと少し下にある頭を見下ろすと、表情も声の調子も変えずに言う。

「いや、俺ふざけ合うほどお前たちと仲良くないんだが」
「だよなあ」

「はあ!? おい、ふざけんなよこのメガネ!」

怒鳴るコソコソCに、近くを歩いていたオッサンがこちらを見た。
メガネだった。

「いや、だからふざけるほど仲良くないだろ」
「なんだ、やっぱ絡まれてただけか」
「ああ、まあ。用事ないならもう俺行っていいか?」

地面の紙を拾おうとしたみょうじの手を、コソコソBが踏みつける。

なんか、まとめるとみょうじのくせに生意気だ、みたいなガキ大将っぽいことを言っていたが、よくわからなかった。
続けて怒鳴るAとCもまた、なんか似たようなそうじゃないような。わからん。
わからないが、ただ腹が立つのは間違いない。

肩にかけていたかばんを置いて、ごきりと指を鳴らす。
コソコソトリオは飛び上がるんじゃないかというくらいに体を揺らして、みょうじの手から足をどけた。靴の跡がくっきりついている。ちらっとそれ見てから、トリオに視線を戻した。

「なあ」

一歩踏み出すと、トリオが後ろに下がる。

「それより、もっと面白いことしようぜ」

「ひぎゃあああああ!」
「うわああああああ!」

コソコソAとBが奇声をあげて走り去った。

俺がぽかんとしていると、みょうじは残されてぶるぶる震えるコソコソCの目の前で、ぺちん、と手を叩いた。Cは泡を吹いて気絶した。

倒れるCを無表情で眺めて、みょうじはおれを振り向く。

「悪い、手間かけた」
「いや、べつに……。つーか、なんであいつら逃げたんだ?」

ただ、腕相撲しようと思っただけなのに。今のところ誰にも負けてない。
みょうじを笑うよりも面白いことを教えてやろうとしたのに。

それを口に出すと、みょうじはたぶん、入学して始めて表情を変えた。
呆れの色に。

「太刀川が怖かったんじゃないのか」
「マジか。おれ迫力ある?」
「ああ髪にな」

すげーどうでもよさそうに言って、みょうじはしゃがみこみ、コソコソトリオが踏みつけたりしていた紙を拾い始めた。
風で散らばっていたのもあったから、おれも拾うのを手伝った。ふわ、と浮いたのをキャッチすると、ちょうど何か書いてある面が目に入る。

タイトルっぽいのは読めない漢字だったけど、その下の名前らしきものは読めた。

「『森嶋なまえ』? ……ん、なまえ?」

みょうじの下の名前は、なまえだった。

はっと気が付いて、紙を拾い終わったらしいみょうじを見る。ちょっとだけ眉がしかめられたのが分かった。おれが気づいてしまったからだろうか。
森嶋なまえ、と書かれた部分を指でなぞり、俺は言った。

「お前、苗字間違えてるぞ」
「ペンネームだよバカ」

バカって。

こいつにそんなことを言われるのが初めてで、ちょっと驚いた。

みょうじは本気で呆れた顔でおれから紙を受け取ると、紙をさっさと並べ直して、破れた封筒の中にもう一度入れた。
でもきちんとは入らないので、抱えて紙がめくれないようにしている。

「ペンネームってなんだ?」
「……それはペンネームの意味か? それとも俺が使ってる理由か?」
「理由だわ! そこまでバカじゃねーよ」
「バカだろ」
「……理由は?」
「……俺が小説書いてるからだよ」

早口でみょうじはそう言って、さっさと回れ右をして歩きだしてしまった。その後ろを追いかけながら、そういえば持ち込み、なんていうものがあるのを思い出した。

漫画雑誌を買ったら、その後ろに漫画家募集中みたいな広告があって、それの応募の封筒とみょうじの封筒はそっくりだった。あの紙の束はみょうじが書いた小説で、これからどこかに応募しようとしていたのか。
そこをあのコソトリオに絡まれた、なるほどそうか。

「え、おれ良いことしてんじゃん」
「本当になんなんだお前」

呆れが限界値を突破したのか、みょうじは呆れを超えて、少しだけ笑った。
ああ、なんだコイツ笑えるんじゃん。

おれの友達は、少し変わっているものの、面白くて、実は小説家らしい。


「……っていうやり取りがあって、太刀川と付き合いが生まれた」
「懐かしいなー。そんでボーダーとかおんなじ時期に入ったんだよな」
「そう。小説のネタになると思った」
「……それは、いじめられていた……のか?」
「? さあ」
「……」
「ちなみにその時から小説が売れ始めた」
「まじかよ。おれ超役立ってんじゃん」

お題:虫の息

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