みんな必死です


病院からの帰り道、道端で会いたくない人間に会った。

「よ、みょうじくん」
「死ね」
「死ね!? いろいろすっとばしてそれ?」
「なんかイラっと来た」

お前の面に拳めり込ませてもいいんだぞ、迅。

松葉づえというのは思った以上に疲れるもので、二つの人生合わせても初めての骨折だった自分にはなれないことばかりだった。

それで疲れてイライラしているときに、うさんくさい笑顔の男が来たら、誰でもキレたくなると思う。

近くにあった花壇に腰を下ろして、足と腕を休ませる。

「で、何。ボーダーの話なら断ったよね」
「まぁね。けど、そこまで聞き分けがよくないのもボーダーなんだよね」
「再スカウト?」
「そんなとこ」

迅は僕の隣に腰を下ろすと、手に下げた袋の中から何かを取り出した。

オイそれまさか。

「とりあえず、ぼんち揚げ食べる?」

本物だ、とわずかながら感動を覚えてしまった僕を、誰も責めることはできないと思う。

袋の中から一つ取り出して口に運び、咀嚼する。
初めて食べたけど、歌舞伎揚げと何が違うんだろうか。言わないけど。
飲み込んでから、再び迅に話しかける。

「再スカウトも何も、別に僕じゃなくたっていいじゃん。あんな化け物と戦うなんて普通に無理だし」
「そりゃ生身ならな。トリオン体なら身体能力は大きく上がるし、技術は訓練続けてればついてくるよ」
「だから、それが誰にだってできるなら、僕じゃなくてもいいって話」

危ないことはしたくない。
今でも漫画の内容をおぼろげに覚えているが、トリオン体を捕獲しようとする近界民がいたはずだ。そいつに出くわしたら、この少年の命を終わらせてしまうかもしれない。

「私」にとっての最優先事項は、「僕」の命を守ることだ。

迅は誰にだってできるねえ、と僕の言葉を繰り返し、またぼんち揚げを口に運んだ。

「前説明したろ? サイドエフェクトがあるんだって。それは間違いなくみょうじくんしか持ってないよ」
「見えないだけでしょ。んで何ができるって言うわけ」
「いろいろできるよ。レーダーにも映らないし、トリオン体にも見えないなら、まず敵に感知されることはない。偵察も奇襲も思いのままだ」
「はあ」

思いのまま、とか言われても。だってそういうトリガーがあったはずだ。
カメレオンとバッグワーム。奇襲戦法を得意としていた隊もあるはずだし。

そういえば、僕のサイドエフェクトが透過体質だとして、トリオン体になるとどうなるのだろうか。
生身でしか発動できないなら本気で意味なくないか。

それを口にすると、迅は待ってました、というように胡散臭い笑みを浮かべた。
なんだろう。墓穴を掘った気がする。

「気になるよね? 実はおれも気になってんだよね」
「まぁ……」
「じゃあ確認しよう、本部行けばわかるよ」
「なるほど、おことわる」

そういう魂胆かとため息をつく。
キャッチセールス、という言葉が頭に浮かんだ。甘い言葉に誘われついていくと、契約をするまで帰してもらえないというアレ。一度化粧品のにひっかかったことがあるが、財布の中身を見せたら切なそうな顔をして帰してくれた。小銭入れを見せただけなのに。

とっとと帰ろうと、たてかけていた松葉づえに手を伸ばすと、迅はそれより早くひょいと取り上げてしまった。
むなしく宙をかいた手に少しぽかんとして、すぐに彼を睨みつける。

「オイ」
「そういわずにさ、話だけでも聞いてよ」
「マジでキャッチセールスじゃねーか」
「人聞き悪いな。……まあでも、それだけ必死なんだよ、こっちもさ」

それまでうさん臭さしか見せなかった目が、ふと真剣な色を帯びる。
剣呑な光に呑まれ、思わず委縮した。

迅の手は腰にある黒い棒に伸びていて、直感的にそれが「風刃」だと分かった。

そういえば、彼は師匠と母親を亡くしているのだったか。

「開発の人がさ」

僕を現実に引き戻すように、迅は言葉をつづける。

「みょうじくんがボーダーに入らなくても、そのサイドエフェクトが解析できれば、新しいトリガーが作れるかもって言ってる。そんで、そのトリガーはこれから絶対必要になるって、おれのサイドエフェクトが言ってる」
「…………」

そう言われ、反射的に変な顔をしてしまった。

まさか、まだバッグワームやカメレオンといったトリガーが作られていないのだろうか。それか、さらに性能を向上させるのか。

「私」が望むのは、「僕」の命の安全。
そのためには、ボーダーが「原作と同じく」近界民を退けてくれなくてはならない。じゃなきゃ、死亡者の名前にみょうじなまえという文字が上がってしまう可能性がある。
それを避けるのに、一番いい方法は。

そこまで考えて、僕は頭をかいた。

「……わかった」
「お」
「けど、解析に手を貸すだけだから。守ってもらっておいて申し訳ないけど、危ないことはしたくない」

「いいよ、今はそれでも」

どこか含んだ物言いで、迅はまた笑みを浮かべた。

まるで近い将来、僕が組織に入ることを見透かしたような顔だった。

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