安全第一


第一次大侵攻と名付けられたこの出来事、それに伴ってさかんにテレビや新聞で取り沙汰されている近界民、ボーダー組織。

OLだったときは次元が一つ向こうの世界、こうして生まれてもおそらく民間人B程度の役目だと思っていたのに、まさかのことが起きてしまった。

「ボーダーに入らないか、みょうじなまえくん」

どうやら僕は、透過体質なんていう名前のサイドエフェクトを持っていたらしく、それがもとでボーダーにスカウトされるという異例の事態。
冗談でしょう、と茶化せる雰囲気でもなくて、僕は固まった。

「……えー、と」
「無理にとは言わない。しかし、君のそのサイドエフェクトは、我々にとって必ず必要になる」
「おれのサイドエフェクトがそう言ってるよ」

漫画でお決まりだったセリフを口にして、迅は笑った。

一次元遠くから見ていた彼がそう言っていたときは、コイツまた言ってるよなんて笑っていた。だけど、実際に目の前にしてみると笑えもしない。
ぴりぴりと頬が裂けるような緊張を感じて、胸元のシャツを握りしめた。

その様子を見てか、迅は忍田さんの袖を引いた。

「ちょっと急ぎすぎたんじゃない?」
「、そうか。みょうじくん、考えておいてほしい。もしその気になったら、連絡をくれ」
「あ、……はい」

彼は連絡先を僕に渡すと、再び頭を深々と下げ、僕を見つけられなかったことを詫びた。そして踵を返し、足早に去っていった。

残ったのは迅と僕だけ。

彼は髪を触ると、じっと僕を見つめる。その視線に耐えかね、迅に尋ねた。

「何」
「ん、いや。君は絶対ボーダーに入るよ。そう視えた」
「…………」

手の中の紙を見つめる。

これからこの情報があちこちで出てくるんだろう。そして主人公である三雲修が入隊し、雨取千佳や空閑遊真と出会って、遠征を目指して戦っていく。
そうやって物語は進んでいくだろう。

そこに果たして、僕は必要だろうか。

「……あんたのサイドエフェクトは?」
「迅悠一、よろしくな。おれのサイドエフェクトは未来視だよ。未来が視えるんだ」
「…………」

知っていたけど。

「未来視えるなら、この先どうなってんのかわかるんじゃないの」
「まあな、多少は。未来は変わるからはっきりしたのは言えないけどね」
「じゃあぼんやりでいいよ。教えて」

そういうと、迅は少しだけ目を見開いた。
それから目を細め、笑みを消す。まるで値踏みされているような視線に心がざわつく。

「知ってどうするわけ?」
「……僕のじゃないよ。これから三門市がどうなるかってこと」
「政治家みたいなこと聞くね。……そうだな、みょうじくんがボーダー入ってくれるなら教えてもいいけど」
「それこそ政治家みたいなこっすい手だな」

政治家だってこすい人ばっかじゃないよと迅は薄笑いを戻し、小さく息を吐いた。
おおよそ形を保った建物が見当たらない外を眺めながら、冗談じゃないんだよと呟く。

「視えてることはあるよ。でも、それは民間人に教えられることじゃない。君がそういう人だとは思わないけど、万が一ってこともある。言いふらされてパニックになったらたまらないし」
「……それもそうか」

視えてること。
それはたぶん、第二次大侵攻のこと。アフトクラトル、だったか。

起こるのがわかっている。つまり、僕がいてもいなくても、それは変わらない。
渡された連絡先を、迅に渡した。

「それなら、やっぱり僕は、ボーダーには入らない」


物心ついたときから、ずっと考えていることがある。
みょうじなまえという少年。
彼が生まれるはずだった場所を、「私」が奪ってしまったのではないかということ。

もう昔の名前も、仕事の内容も思い出せなくなっている。家族の顔も。
だからそれが怖くて、字が書けるようになったら自分の覚えている限りのことを、ずっと書き留めていた。

そうしてそのたびに、「私」の存在を感じて、いつしかそう思うようになった。

ここにいていいのか。本当は夢なんじゃないか。本当の「みょうじなまえ」はどこにいるのか。
もし、本当にここにいるべき「彼」を殺して「私」が居座っているのなら。

ぼんやりと外を眺めていた僕を、父親が不安げな表情で気遣う。

「なまえ、足だいじょうぶか? 痛くないか?」
「平気。……にしても、ひっどいねこりゃ」
「ああ……。ボーダー、だっけか? 彼らがいなかったら、どうなっていたか……」

町は瓦礫の上に瓦礫が積み重なったような惨状で、かろうじてできた2車線は渋滞中。
個人がそれぞれ車を出したのじゃキリがないから、市が無料でバスを出して、それに乗って避難施設からみんなが出ていく。むろん、帰れない人もいる。

帰れるだけ、僕らはマシだ。
ちゃんと答えたのに安心したのか、父親はほっとしたように会話を続ける。
といっても、やはり話題はボーダーのことに向かったが。

「これから隊員の公募もするらしいな。詳しいことはまだわからないけど」
「ふうん」
「……なまえ。お前がもし行きたいなら、反対はしないが……」

父親が言いかけたのを遮って、僕は手を振った。

「ないない。危ない目に遭いたくないし」

透過体質というのは、トリオン体の人間に目視できなくなるだけでなく、レーダーにも映らなくなるというサイドエフェクトらしい。ただし、生身である場合だけ。

つまり、そのうまみを最大限生かすには、あらゆる攻撃が有効な生身でなければいけないわけだ。当然危険も倍率ドン。忍田さんはそこまで言わなかったけど、僕の知っていることと合わせればそういうことだ。

「安全第一で生きるよ、これからは」

自分のものではない、「なまえ」の命を、危険にさらすわけにはいかないから。

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