天邪鬼のお礼


合コンが終わった後も、みょうじの悪い噂は欠片も流れなかった。長谷川はやはりみょうじがどうこうということを誰にも言わなかったようだった。しかし、やはり素を知ってしまったからか、おれから見てもみょうじへの接触は少なくなったような気がした。

「どしたん弾バカ。誰見てんだよ」
「んー、別に……。つかお前何飲んでんの。何だよイカスミオレって!」
「買わねばと思った。今は後悔している」
「当たり前だろ、絶対槍バカ以外誰も買わねーよ」

そういうのを見ると、未だに面白がってみょうじをかまっているおれは、意外とすごいんじゃないかと思う。


今日も今日とて、みょうじの花屋。

俺の存在は適当にシャットアウトするらしく、ほとんど話しかけてはこない。たまにむしった葉っぱなんかをおれの膝の上に振りかけてくるので、それを捨てたりするだけ。

おれも特に話を振ることはなく、人の往来を見たり、たまに来るお客に挨拶したりするだけだ。
一見どうでもいいような空気が、最近の楽しみだった。

あそこで長谷川とみょうじが付き合っていたら、たぶん来づらくなっていただろうとは思う。

「ん」
「んー」

トゲがついたままのバラを差し出してきたので、近くにあったタオルでしごくようにトゲを取る。やっているのを見て覚えてしまった。
一度みょうじが処理し忘れたバラを見よう見まねで処理したら、以来なぜか任されることも増えたのである。
そろそろバイト代をもらってもいいような気もする。

綺麗になったバラをバケツの中にいれると、ちょうど店の前を通りがかった品のよさそうなおばさんが、中をのぞいて「あら」と声をあげた。

「いらっしゃいま……」

途中まで言いかけたみょうじの顔がこわばる。

しかしすぐに元に戻すと、再び営業用スマイルでいらっしゃいませ、と声をかけた。
おばさんは店内に入ってくると、まっすぐみょうじの元へ向かう。

「なんだか久しぶりねー。こちら側にあまり来ないから。お元気そうで何よりだわ」
「お久しぶりです。何かお探しですか?」
「そうね、それじゃあお願い。家に飾る花が欲しいから、1000円くらいで赤ベースで作ってちょうだい」
「かしこまりました」

みょうじはすぐさま花を選んで、さっさとラッピングしはじめた。いつもなら、多少の雑談をまじえながら作るのに、今日は会話もないままさっさと作っている。何か理由でもあるのだろうか。
しかし、そんな様子にかまうことなく、マシンガンのようにおばさんは喋る。

「それにしても最近はどこもかしこも、ボーダーだの近界民だのの話ばっかりね。まあマスコミの話題になりやすいんでしょうけど、でも物騒な話だわ。未成年にも武器を持たせて戦うなんてね」
「そうですね」
「本当、第9条とか知らないのかしら。きっと上司が鬼のような人なのね。それで逆らえないんだわ」
「そうですね」

おれがむっとする傍らで、みょうじはさくさくと手を動かす。聞き流しているようだ。
いつもならおれもちょいちょい声をかけたりするけど、今日は何も言わないままで携帯をいじっていた。

「そう、そういえば。前なまえくんもボーダー目指してたわね。でもだめだったんでしょ?」
「……そうですね」

ぴく、とみょうじの手が止まる。
おれも知らず、聞き耳を立てた。

「気を落とさないでね。あの子のことがショックなのはわかるけど、わざわざ命を捨てるような真似をしないほうが正解よ。おかしなことは、おかしな人たちに任せたほうがいいのよ」
「……950円です」

みょうじはいささかつっけんどんに花束を渡す。おばさんはなおもしゃべりながら1000円札を出して、おつりを受け取った。
しかし、立ち去る様子はない。

「今はもう、本当とウソの分別もついたでしょ。わざわざウソを本当にする必要は、」
「みょうじ」

耐えかねて、とうとうおれは口を開いた。
おばさんはそこでようやくおれの存在に気が付いたのか、目を丸くしていた。
携帯から目をあげ、みょうじの顔を見て笑う。たぶん、意図に気づいてくれるだろう。

「作業終わったら、おれのやつ作ってくれるっつったろー? 楽しくおしゃべりしてんなよー」
「……あ、ああ、ごめん、すぐやる。すみません、そういうことなので」
「え、ええ、そうね、ごめんなさい。あなた、なまえくんのお友達?」

とりつくろうような質問に、おれは笑顔で答える。

「そうっす。ボーダーでシューターやってます」

おばさんは一層顔を青くして、そそくさと帰っていった。

みょうじはその背中を目で追いかけていたが、見えなくなると、ぽかんとした間抜け面でおれを振り向いた。いつもは涼しい顔で毒舌を吐いているというのに、らしくない顔だ。

「……出水そういや、花買ったことなかったな」
「な。もらったことはあるけど、買う機会ないしな。500円くらいでできんの? 色とかはどうでもいいんだけど」
「シロツメクサでいいならやってやるよ」
「摘むな! 商品あるだろ!」
「冗談だよ」

そう言うと、荒れた手が花束を作っていく。
いつだったかハンドクリームを塗ってやったけど、あれは使っているんだろうか。
さっきのおばさんの時より時間をかけて、キレイに整えられていく花。それを眺めながら、なんとなく聞いてみる。

「さっきの『あの子』って幼馴染のことか? 引っ越したっていう」
「そう。あの人、あの通りおしゃべりで、想像力豊かだからさ。ああやって人の事情に尾ひれつけて言いまわるのが好きなんだよ」
「典型的なうっとうしいおばはんだな」
「まあな。でもああいう人多いし、ここ代々住み続けてる人多いだろ。だからもう何にも問題のない好青年ですって振る舞っとかないと、売れなくなる」
「自分で言うのかよ、それ。確かにまあ、その通りっちゃその通りか」

猫を被った理由が、なんとなくわかった気がする。

三門市は代々で住む人が多い。近界民の襲撃があっても出ていく人が少ない理由の一つ。
だからこそ、幼馴染を(結果的にとはいえ)引っ越させてしまったみょうじは、前以上のいい子にならざるを得なかったんだろう。

「ん」

白ベースで穏やかな配色の、小さい花束がおれの目の前に差し出された。

「お、サンキュー」
「1000万」
「ぼったくりか! その小学生みてーないやがらせやめろ!」
「400円でいいよ」

どうやらあのおばさんの対応でだいぶ疲れているようで、おれに対する毒舌がだいぶ雑だ。疲れていると素直になる、こいつに関する豆知識。
財布から400円取り出して千歳に渡し、レシートを受け取る。しかしそこに表示されていたのは、400円ではなく1000円という文字。
ぎょっとしてみょうじを見ると、珍しくすこしだけ笑った。映画に行ったときのようなあの優しい笑みだ。

音高く心臓が鳴った気がした。

「助けてもらったから、そのお礼」

ありがとな、と珍しいことこの上ないお礼の言葉を聞いて、おれはたぶん頭がおかしくなったんだと思う。

トルコキキョウ:感謝、穏やか

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