□彼はずっと痛がってる
今日はみょうじさんとの任務ということで、いつもより緊張しながら現場で到着を待っていた。太刀川さん、柚宇さんから、彼が落ち込んでいるから優しくしてやれなんてことを聞いていたせいで。
唯我はいるけどいないようなもんだし(さっきもべらべらうるさかったので一発かましといた)、太刀川さんは別の隊との任務でいないし、今日たまたま同じ任務になった緑川も頼りにはならないし。
「いずみん先輩いずみん先輩、みょうじさんって迅さんと仲良いんでしょ? なんか面白い話聞けるかな!」
「聞くな! 今日は頼むから聞くな!!」
優しくするどころか、デリケートな問題に塩ぶちこむ気満々だ。
いや別れたわけじゃないらしいけど、柚宇さんの話じゃいろいろとごたついているようだから、首を突っ込むのは無粋だろう。
なんでなんでとうるさい緑川の耳を引っ張りながら、人権侵害だ弁護士を呼べとうるさい唯我のケツを蹴っ飛ばす。おれは引率の先生か。
早くも体力を吸い取られていると、背後で足音がした。
「あ、みょうじさん!」
緑川の目がキラキラしだす。渦中の人物がやってきたようだ。
恐る恐る振り向くと、ひらひらと手を振っているみょうじさんがいる。目に見えて落ち込んでいる、という風には見えないが、確かに少し元気がないような気もした。
だけど、やっぱりいつも通りに見えてしまう。
「みょうじさん、お疲れ様です!」
反射でやはり頭を下げると、いつも通り頭を撫でられた。
視線が下にいって、そこでようやく気が付く。
「あれ」
「?」
「みょうじさん、それ弧月?」
おれの疑問を、先に緑川が口にする。シューターの彼の腰に、白い鞘が下げられていたのだ。みょうじさんは少し笑って、弧月を指先でたたいた。
見計らったように、柚宇さんからの通信が入る。
『近界民来たよー。そこから東南に200mくらい』
「了解っす。えーと、じゃあ緑川と……みょうじさんが前衛、おれが援護、唯我は遊撃で」
「遊撃!? このボクが!?」
「うるせーさっさと行くぞ」
唯我の首根っこを掴んで放り投げる。みょうじさんと緑川は、グラスホッパーを使ってさっさと行ってしまっていた。
あいにくおれも唯我も持っていないので、建物を飛び移りながら向かう。
行きすがら、思い立って柚宇さんに聞いてみた。
「柚宇さん、みょうじさんってシューターだったよな?」
『んー? うん。でも、前太刀川さんに聞いたんだけどねー、ボーダー入った最初は、アタッカーだったんだって』
「うえ? アタッカー?」
『意外だよねー。なんかね、すごかったみたいだよ』
のんびりとした声が、頭の中で響いている。
戦闘が行われていた場所にたどり着いて、おれは足を止めた。
唯我はアホみたいに口を開いて固まっていて、自分も同じような顔をしているんだろうなと思ったらげんなりした。
出現していたであろう近界民。
その全てが、トリオンを垂れ流しながら地に伏せている。的確に弱点の眼だけを斬られているようだった。
その真ん中に、弧月を収めたままのみょうじさんが立っている。
「……!」
立ちすくんだままのおれたちに気が付くと、来た時と同じように手を振った。
片腕はないし、そこらじゅうに焦げた跡や切れた跡がある。
いつもの戦い方なら、トリオン体の損傷などほぼゼロなのに。
『戦闘がものすごいごり押しで、勝ってはいたけど、毎回必ずどこか落としてくるんだってさ。腕だったり、足だったり』
ゆったり続けるその声が耳に入らないほど、その光景は衝撃的だった。
おれが何にも手を出せないまま終わるなんて、太刀川さんとの任務以外、あるわけないと思っていたのに。
「お疲れー」
本部に戻ると、柚宇さんがスマホをいじりながら待ってくれていた。
太刀川さんはまだ戻っていないらしい。
「全く今日の任務はなんなんですか! ボクの出番が露ほども、」
「柚宇さん、それみょうじさん?」
「そーだよー」
唯我を無視してスマホを覗き込むと、みょうじさんとのやりとりがずらずらと並んでいる。顔文字やスタンプなんかで色とりどりに飾られている文面をちらっと読んでみた。
「任務おつかれー(‘ω’)ノ みょうじさん、旅に出たんじゃなかったの?笑」
「出てた! でもそういや任務あるじゃんと思って……(・ω<)てへぺろ」
「www うっかりさーん(´艸`*) いまどこいるの?」
「満喫泊まってるよー。今坂本辰馬が鞄につめられて海に流されてるw」
「ぎんたま読んでるwww」
「……なんか、普通に楽しそうじゃね?」
「んー? まあ文章だとねー。面と向かって話してるわけじゃないし、ある程度とりつくろえちゃうからね」
柚宇さんはそんなことを言いながら、再び指を動かしてメッセージを打っている。
ぺぺぺぺ、と素早く打ち込まれていく文字を眺めながら、今日の様子を思い返してみた。
やっぱりいつもとそんなに変わらなかったように感じる。そりゃ、多少元気はなかったけど、そこまで深刻そうにも見えない。
そんな心配する必要はないんじゃないだろうか。何せみょうじさんだ。
「……大丈夫じゃないっすかね? そんな気にしなくても」
「ふふーん、甘いねー出水くん」
くるりとこちらを振り向き、柚宇さんはにまっと笑った。
「そりゃ、みょうじさんは出水くんの師匠だもん。弱ってるとこなんか見せたくないに決まってるよ」
「そういうもん?」
「そういうもんだよー。まだまだみょうじさんの弟気分でいたまえ」
わかるような、わからないような。
とりあえず、まだ対等には見てもらっていないということだろうか。それはそれで、少し寂しいような気もする。
わからないといえば、彼についてわからないことが、今日はもう一つ。
「なんでみょうじさん、今日は弧月使ったんですかね?」
お題:確かに恋だった
prev nexttop