だからなんで名前知ってんの


失礼極まりない迅悠一(おそらく)にツッコミを入れてすぐ、僕はあきれ返ってとっとと割り当てられた部屋に戻った。彼に呼び止められたような気がしなくもないけど、かかわるとろくなことがないと第六感が告げていたので無視だ。

漫画で見ていた時はかっこいいなと思っていたが、実際に会ってみたらあれである。誰が幽霊だコラ。どいつもこいつも。

腹の中は怒りでいっぱいだったが、さすがに疲れも溜まっていたのかすぐに眠気が襲って来た。
部屋の簡易ベッドでは弟がまだ眠っている。ほかの人に比べれば見た目は軽傷だが、脳震盪のせいかまだ目が覚めていない。

少し迷ったが、起きた時に誰もいないと不安だろうと、ベッドの下で寝ることにした。

同じような人は結構いたからあまり気にはならない。段ボールの上にアルミシートをかけただけの簡素な寝床で、目をつぶって数秒で眠りが訪れた。
あちこちからまだ爆音が響いていたというのに、我ながら図太いことだ。

しかし、その翌朝。

「はよー、みょうじくん」
「…………」

朝起きたら、目の前に迅悠一がいた。
その時点で不快指数はうなぎのぼりだったのだが、そこにいたのは彼だけではない。体を起こし、迅とその隣に膝をついていた男性を見上げる。

僕をシカトしたその筆頭、忍田(仮)さん。今日はあのロングコートではないようだ。
何を言っていいか分からず、ひとまず立ち上がってがりがりと頭をかいた。それに倣うように2人も立ち上がり、弟のベッドの隣に男が3人佇むというなんとも面白い状況になってしまった。

「……おはようございます」
「うん。よく寝れた?」
「まあ……。えーと」

視線を忍田(仮)のほうに移すと、迅はああ、と気が付いたように手をたたいた。
「この人は忍田さん。弟くん助けた人ね。そんでさ、みょうじくんでしょ? お化けの正体って」
「誰がお化けだぶっ飛ばすぞ。つうか何なの、なんで名前知ってんの」

やはり忍田さんはあの忍田さんだったかと納得すると同時に、名乗った覚えなどないのに名前を知られていることを不審に思う。隣で寝ているのが弟だということも、昨日の時点では知らないはずだ。

迅が説明をしようとすると、それを忍田さんが手で制した。
胡乱な視線のままそれを見守っていると、彼は突然僕に頭を下げた。

思わずこちらも頭を下げそうになった。

「まずは、本当に申し訳なかった! 民間人を見捨てていったなどと、何を言われても文句は言えない」
「え、あ、ハイ」

どこからどう見ても誠実です、という謝罪に、なんと返すべきかわからず、ひとまず頷いた。
ひとまず、何がなんだかわからない。

とにかく説明しろ、という視線を迅に送ると、忍田さんの90度礼に目をかっぴらいていた迅が一つ頷いた。そしていまだ頭を下げたままの彼の肩をつつき、何事かをささやく。
内容はよく聞こえなかった。

ようやく彼が頭を上げてくれたことに安堵したのも束の間、迅は説明を始めた。

「昨日さ、おれみょうじくんのこと見えなかっただろ?」
「あー、そういえば幽霊とか見えないとか言ってた気はするな」
「昨日、弟くんが保護された時にさ、忍田さんが『声は聞こえたけれど見つけられなかった、救護班を向かわせろ』って言っててさ。救護班行ったけど、見つけられずに戻って来たんだよね」

救護班などいただろうか。戦闘音は常に聞こえていたし、死にたくなかったから死に物狂いであの場を抜け出してのろのろと移動していたが、誰とも会わなかった。
そういえば、あんなに鈍く移動していたのに、弟と襲われた時以降、僕だけでは一度も襲われなかった。
迅の声はさらに続ける。

「その話聞いて、なんとなく頭に留めといたときに、見えないみょうじくんに会ったってわけ。んで、忍田さんが謝ってるのは、みょうじくんを見つけられなかったことだよ」

なるほど、それでお化けの正体なんていう、はなはだ失礼な話につながるわけか。
それはわかったし、忍田さんの謝罪もわかったけど、なんで見えないのかがわからない。

そんな空気を醸し出していたのか、迅はぐっと親指を立て、その答えを言った。

「で、思うにさ。その見えないっていうの、みょうじくんの能力なんじゃないかなって」
「……能力?」

嫌な予感がして、手汗がにじみ始めた手をぐっと握りしめる。

「ここからは私が説明しよう」

黙っていた忍田さんが、今度は口を開いた。

そこで聞いたのは、彼らが属する組織の話や、襲い来る化け物、もとい近界民の話。
正直、すべてズルして知っていたことだから、驚きはなかった。頭がだいぶ麻痺していたのかもしれない。

ただ、どうしてそれを僕に話すのか、ということについて、ある疑念が頭の中を巡って離れなかった。

「……以上が、ひとまず民間人に話せる全てだ。もう少ししたら新聞やニュースになると思う。ここまでで何か質問はあるか?」
「いえ……」
「それならここからが、それ以上の話になる。……先ほど迅が言った、君の能力という話だが」

ふと、昨日迅がつぶやいていた言葉が蘇った。

『そういうサイドエフェクトも』。

そして、こういう嫌な予感は、大概当たるものだ。

「さしあたり、『透過体質』という名前が決まった。……君のそれは、サイドエフェクトという。先ほど言った、トリオン能力が優れた人間にのみ発現する能力だ」


ぱち、と弟の目が開いた。

「お、起きた」
「……んあー」

まだ頭がはっきりしていないのか、焦点が合っていない。
頬をつついてみると、うっとうしそうに振り払われた。
目の前に指を3本立てた手を持っていき、尋ねる。

「おい、これ何本?」
「3本……」
「いや、指は5本だよ」
「2本折る……」
「頭に異常はないみたいだね」

いつも通りの弟だ。少し威力がないものの、それは寝起きだからだろう。
先ほど父親から連絡があって、これから迎えに来るとのことだった。陸路の瓦礫は昨日の今日ですでにどかされたらしく、大渋滞してはいるもののどうにか動きはするらしい。

これも、ボーダー組織が頑張った結果なのだろうか。

「……なまえ?」
「ん、何」
「いや……。なんでもない」
「そう? つか、目さめたならどいたほうがいいよ。ベッド足りてないから」
「わかった……」

弟の腕を引いて起こしてやる。体中、特に骨折した足にビキビキと痛みが走ったが、あまり気にならなかった。忍田さん、そして迅に言われた言葉が、ずっと頭を回っていた。

「単刀直入に言おう。みょうじなまえくん、ボーダーに入らないか」



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