なぜお前がいる


弟は軽い脳震盪、命に別状はなし、外傷はかすり傷ばかり。
対する僕は、屋根に下敷きにされた足は骨折、落ちてきた瓦がかすった額は数針縫って、指先には細かい傷が大量に。

しかし、一緒にいたのに救助されたのは弟が先。
というかあの「忍田」さんが、続けて襲いくる近界民たちを全て片付けた後、弟の頭を動かさないよう配慮しながらお持ち帰りしていた。

僕はその近くで声をあげていたのになぜか気づいてもらえず(叫びすぎて掠れていたのもあると思う)、結局自分でどうにか抜け出し、壁を伝ってようやく避難所へとたどり着いた。存外近くて良かった。

不思議なことに、「忍田」さんには気づかれなかったというのに、避難所ではすぐに気づいてもらえた。むしろなぜ救助を待たなかったと怒られたくらいだ。

その後、連絡を受けて避難所にやってきた両親とも再開できた。なんとか家族全員の無事を確認できてから家のことを聞いてみたら、僕らの家のあたりはほぼ被害がないらしい。
ついでに聞いたが、親が駆けつけた時にはまだ弟しか収容されておらず、すがる思いで「忍田」さんに僕のことを聞いたら、悲痛な表情で「この子しかいなかった」と返されたのだという。

それでてっきり僕が死んだものと思い込み、号泣していたとか。
道理で母親の目が真っ赤に充血していたわけだ。
いやすぐ近くにいただろうが、とはさすがに口には出せず。

「本当に……本当に、無事でよかった……!」
「うぐ、ズビッ、なまえ……!」
「うんあの一応骨折してるから抱きしめるの勘弁してお願いだだだ!」

両親にぎっちぎちに抱きしめられている現状で言う元気がなかったとも言う。
ひとしきり再会を喜んで、両親は帰って行った。

まだ陸路がボロボロで車や電車が使えず、弟も目を覚ましていない。歩こうにも僕は足が折れているし、両親は二人とも明日仕事だ。こんな時にも医療従事者とシステムエンジニアは忙しい。

そうとう後ろ髪ひかれる思いだっただろうが、大丈夫だからと二人を送り出した。少しだけ、一人で考えたいこともあった。

警報は夜になっても続き、そのたびに武器を持った大人、もしくは子供が飛んでいく。地鳴りも今まで縁のなかった戦闘音らしき轟音もやまないまま、電気がないから真っ暗な外を避難所の窓から眺める。夜の暗さが身にしみた。

確かボーダー機関、だったか。
彼らが何なのかと避難所の人から情報収集したところ、異口同音にそう言われた。
だからこそ、ここが「私」の知っていた漫画の世界に限りなく近い場所であると確信した。無論そうでない可能性もあるが、少なくともボーダーも近界民も三門市も存在している。

僕はズルして得た知識があるから、彼らがどんな存在か、今がどんな状況かがなんとなくつかめている。そのおかげで少しは冷静でいられるが、そのほかの人は気が気じゃないだろう。

ここが漫画の世界にしろそうでないにしろ、ともかく戦えないのなら、せめて迷惑をかけないようにしなくては。

大きな爆発が遠くで起きて、思わず窓辺から身を引く。
そのとき、骨折している足に力が入ってしまい、大きく後ろに体がかしいだ。

途端、僕はいつの間にか近づいていたらしい誰かとぶつかった。ふんばりもきかないまま、横倒しに床に倒れこむ。痛みに動けない僕の上に、今度はだれかが倒れてきた。

「ぐえ!」
「うわっ」

体を押しつぶされ、足にじいんと痛みが響いて悶絶する。
前見て歩けや、と自分を棚に上げ、涙目になりながら、倒れてきやがったやつの顔を睨んだ。そして、その直後に目を見開く。

「いってー……ん? ……え?」

僕と同い年くらいの、独特のデザインのサングラスをかけた少年。

少し幼いけれど、見覚えのある顔立ち。

漫画の主人公格のひとり、迅悠一。
そいつが今まさに、僕の上に覆いかぶさっていた。

彼は不思議そう、というか状況が理解できていないような顔でこちらを見つめている。僕の顔ではない。それにしては、なぜか視線が合わなさすぎる。まるで僕を透過した景色を見ているかのような遠い目だ。

不審に思っていると、彼は驚きの言葉を口にした。

「……おれ、浮いてる?」

こいつこんな不思議ちゃんキャラだったのかよ。

「浮いてねぇよ人下敷きにしてんだよとっととどけや」
「うわ誰!? なに怖いんだけど!」
「こえーのはまるっと存在無視られてるこっちだわ早よ立て」
「ええ!?」

あまりの理不尽さに思わずそう言うと、迅(らしき人物)は慄きながらも立ち上がった。

きょろきょろとあたりを見渡したり、あらぬところを凝視したり、なんとも落ち着きがない。
まるで本当に見えていないかのようだ。
「忍田」さんのことが脳裏をよぎったが、ひとまず壁伝いに立ち上がると、僕は目の前の男を思いきり睨みつけた。じんじんと鈍い痛みが断続的に続く足を庇いつつ、正面からそいつを見据える。

「あー超痛いわー。骨折してんのにぶつかられたわー。ひどいわー」
「え……えーと……ゆ、幽霊でも骨折するんだ……?」
「ざけんな置いてけぼりにされたけど超生きてるわ。お前はマジでどこに目ぇ付けてんだよ」

イライラを思わず彼にぶつける。

漫画で見た迅悠一という人間は、もっと余裕がありそうだったのに、彼はずいぶんおどおどしている。確か大侵攻が起きたのが、原作の4年半前だとか言っていたか。
年齢は忘れたけど、それなら多少おとなしくても仕方ないのだろうか。

そもそもこちらが大人げないのは重々承知しているけれど。

そんな考察は、彼の次の言葉ですべて吹き飛んだ。

「だって、おれ、お前のこと見えないよ」
「……はぁ?」

なに言ってんだこいつ。
見えずともそんな空気は伝わったのか、迅は慌てた様子で弁解する。

「いやだって本当だって、見えないんだよ。やっぱ死んでるんだって、ほら!」

触れないことをアピールしようとしたのか、彼はこちらへと手を突き出した。が、その手は運悪く、僕の額、しかもちょうど縫ったところを包帯越しに触った。
再びじんじんとした痛みが発生し、僕は思わずその手ごと額を抑える。

すると今度は迅が硬直した。

「え……触れる……ってか、あったかい?」
「……とりあえず手離せ、そこはちょうど今日縫ったばかりです」
「は!? 幽霊ってケガするのか!?」
「お前マジ一発殴ってよろしい?」

さっきから聞いていれば、人とぶつかって謝りもしないわ、見えないだのと嘯くわ、挙句の果てには幽霊扱い。最後に至っては洒落にならない。
ぐっとこぶしを固めると、迅ははたと何かに気が付いたような顔をした。

急な表情の変化にこちらが戸惑っていると、なにやら考え込み始める。そして、突然体を光らせた。まさかこれが、トリガーオフというやつだろうか。

だが、僕に思考する時間は与えられないらしい。

光がおさまった後、迅は今度こそ僕の目を見て、頭からつま先までをまじまじと見つめた。
今度は僕を透過せずに見ている気がする。

「なに」
「いや……ああ、そうか。そういうことか……」
「いやだから何」
「確かに、だったら声だけ聞こえたっていう話も筋は通るしな。なるほど、こういうサイドエフェクトも、」
「聞けや!!」

いつまで経ってもこちらの話を聞かない彼に向け、とうとう僕の渾身の浪速ツッコミが炸裂した。


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