どうしてこうなった


『気が付いたら全く別の人間になっていた』。

そんなことを言ったら、大概の人が頭を疑い、優しければ疲れを案じてくれるだろう。だが残念なことに、頭は正常だし、これといって疲れるようなこともない。
そしてこの言葉は、まぎれもなく事実なのである。

数年前まで、私は確かに、21世紀に生きるいちOLだったのだ。

部長のセクハラを流しつつ、同僚の結婚にギリギリしつつ、ボーナスに一喜一憂する。たまの休みには趣味を謳歌しちゃったり。

どこにでもいる、とりたてて特徴のない人生を送っていた私は、いつものように仕事を終えて帰宅し、新調したばかりのベッドで眠りについた。疲れが溜まっていたのか、瞼を閉じて数秒で意識は消え、朝起きたら体が縮んでしまっていた。
などというと某高校生探偵のようにも聞こえるが、話はそんな単純ではない。
名探偵の彼は小学生程度の体躯になっていたが、その点私は赤子だった。そりゃあもう、首もすわっていないくらいの。むしろ保育器の中だったのを、今も覚えている。

幸せそうに私を覗き込む入院着の女性とスーツの男性、ほほえましげな白衣の天使。
意味不明のまま再び眠り、次に気が付いた時には、水色のスモックを着て砂場でトンネルをつくっていた。今思えば、あれが「物心ついた」瞬間だったのだろうか。

ともあれ覚醒し、現状に戸惑うばかりの私に幼稚園の先生は笑顔でどうしたの?と問いかけた。
そして私は先生にここはどこですか?と真顔で聞いた。

あの時の彼女の、「うわあこいつめんどくせえ」顔は忘れまい。

訳もわからず先生の車で家に帰され、熱を測ったら40度。普通に死にかけた。
結局そのためのうわごとと処理されたが、私の頭ははっきりしていた。

私、いや「僕」は、何らかの事情により新たな人生を歩み始めたのだと。
なんらかの事情とやらにはまだ検討がついていないが、とにかくその当時にやるべきことは性転換した己の体に慣れること、そして状況を受け入れることだった。

そりゃそうだ、気が付いたら幼児だわ、名前も違うわ、性別も違うわ、トイレで初めて自分の男の勲章を見た衝撃たるや忘れられない。ただそんなことを言ってもどうしようもないので、しゃあねえもっかい人生やるかと、諦めは意外と早かった。
不思議なことに、絶望したりはしなかった。

性別や家族構成、住所など多少の違いはあるといえど、時代や国など大部分は同じ場所に生まれなおしたのだから、むしろ強くてニューゲーム的な、人生イージーモード的な。自分でもあきれるほど楽観的だったのだ。

だった、という言い方には理由がある。
きっとこの回想は、走馬灯だからだ。


僕の腕には、頭を強く打ち、ぐったりとして動かない弟。

僕の目の前には、白っぽくて、2階建ての家よりも大きくて、耳だけウサギっぽい4つ足の怪物。

あーなんか見たことあるわ、とそんな思考をしながら、動かない弟を背中に隠してかばう。
意味がないのはわかっているが、どうせ逃げられないのならせめて隠せるだけ隠したい。

走って逃げろ? 残念ながら僕の右足はどっかの屋根の下敷きである。

誰だよせっかくの休日に東三門の博物館行きたあいなんて寝言言いやがったやつは。
そうだ僕だ。

乗り気でなかった弟を朝から引き摺り、ウキウキで博物館へ向かっていたらこのザマである。

そして目の前だけでなく、空を飛んでいる白いのもいるし、あちこちで悲鳴や破壊音が轟いている。家も壁も木もぶっ壊れ、ボコボコにされた道路のアスファルトの上に無残に散らばっている。

まるでこの世の終わりのような町のど真ん中で、誰かの血が飛び散ったでかい化け物に仁王立ちされて。
もう何がなんだかわからない。

ひとまず弟だけでも逃がしたいが、起きてくれないから仕方ない。

大きく動いて襲われるのも嫌だし、そもそも足が動かせないから逃げられない。二度目の人生が終わったら三度目に変わるのだろうか。
それにしても、この光景をどこかで見たのに、思い出せない。考えてみれば、東三門という単語も、今になって思えばなんとなく聞き覚えがある気がする。

ここに来たのは初めてのはずなのに。

ぐ、とデカブツの顔がこちらに近づく。思考を打ち切って、弟の上に覆いかぶさった。
ああ、父さん母さん先立つ不孝をお許しください。あとできたら机の中のあれやそれやは捨ててください。
目を固く閉じ、来る衝撃に備える。

だが、覚悟した痛みも衝撃も来ない。その代わり、乾いた音と、何かが崩れ落ちるような音。細かな小石がべちべちと体を打った。

静かになったのを不審に思って、そっと顔を上げる。
僕と弟を背にして、誰かが立っていた。


「……え」

長いコートに、腰には刀の鞘らしきもの。
黒い短髪の頭。

さらに強い既視感を覚える姿と、その両手に握られた刀を見て、頭の中に無理やり大きな重りを突っ込まれたような、ひどい頭痛がした。
全てを思い出した。

弟の上からどき、腕で体を起こしてしばし呆然とした。

「ふう……。君、大丈夫か?」
「え、あ、ハイ」

こちらの様子など意にも介さず、白い近界民を切り捨てた男性に尋ねられる。
どこか夢心地のようなふわふわとした気分のまま答えるが、なぜか男性は眉をしかめる。

「? おい、……意識がないのか!?」
「えっ、ちょ」
「本部、こちら忍田! 意識のない少年が一人いる! 救護を急げ!」
「いやなんで無視するんですか!!」

精一杯の怒鳴り声は、続けざまにやってきた近界民の砲撃によって遮られた。
くらりとくるような振動と轟音の中、猛烈な違和感を発していた頭の中の重りが少しずつ解けて脳に染み込んで行く。

刀とかさ、「しのだ」とかさ、「東三門」に……白い怪物とかさ。

「私」のお父さん、お母さん。

どうやら「僕」は、漫画の世界に生まれてきてしまったようです。


(そういえば、僕の住所三門市だったわ)


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