天邪鬼と告白


宴もたけなわ、最初に申し込んだ時間は過ぎて、延長も2回目。
さすがにおれはダレてきて(そもそもなんで来たんだっけ)、ひたすら手拍子とタンバリン、注文を通すだけのアシスト役になっていた。

みょうじと長谷川は相変わらず2人の世界で、佐藤は自分の世界で、あとの4人はなんだかうまくいっているようだ。
長谷川はみょうじの腕に手をかけて、ぴったりと密着している。みょうじはというと、柔和な笑みを浮かべたままだ。振り払うそぶりも見せないし、これはもしかして、本当にうまくいくパターンだろうか。

「おれちょっとトイレ行ってくるわ」

聞こえちゃいないだろうけど、そう言い残して部屋を出る。みょうじと目があったような気がした。


トイレで小用を済ませ、手を洗いながらため息を吐く。
楽しくないわけではないけど、だいぶダレてきたし、狙っている子もいないし。佐鳥ならありえないと騒ぐだろうが、もともとそこまで興味もなかった。
みょうじはまあ、たぶん長谷川と付き合うんだろうなという空気だし。

「面白くねー……」

ぽつりと呟いてうつむく。別に何が面白くないとかではなくて、気に食わないというか、なんというか、うまく言えないけれどとにかく面白くない。

かといって勝手に帰ってしまうわけにもいかないし、手を乾かしてから外に出る。
割り当てられた部屋に戻る途中で、手をつないで外へと出ていく二人の姿を見た。

いつもどおりのみょうじと、緊張した面持ちの長谷川だった。

「…………」

ちらりと見ただけだけど、鞄は持っていなかったから帰るわけじゃない、はず。
ということは、いよいよ告白するのか。

成功しそうな雰囲気だけど、どうだろう。あいつの素を見て引いてしまわないだろうか。
……いや、おれが気にすることでもないか。どうせ他人だ。
心の中で長谷川にエールを送ってみる。だけど、どうもすっきりしなかった。


結局、3回目の延長はせず外に出ることになった。

うまくいったらしい4人はこの後再びどこかへ行くようで、佐藤は彼氏に会うと言って抜け、みょうじと長谷川はなかなか帰ってこなかった。

金は先に徴収していたのでそれで支払いは済ませ、おれは帰ってこない二人の荷物を手に持って、店の外で待つことにした。

夕暮れ時の繁華街はなかなかに人が多い。
どこかから帰る人とか、帰りに寄ってみましたって感じの人とか。今日は休日だから余計に。

ガードレールによりかかって、人の流れを眺めながらみょうじたちの帰りを待つ。荷物だけ渡したら、おれは本部に行って模擬戦でもしていよう。
しかしそれにしても、あの二人が付き合うことになったら、花屋に行くのは遠慮しなければならないか。花屋の仕事に忙しいみょうじの時間を、おれが拘束したら長谷川は面白くないだろうし。最近どうでもよくなっていたけれど、みょうじはおれのことが嫌いだし。

だけど、それは、少し寂しいかもしれない。

「……おせーな」

携帯を眺めたり、ぼんやりしたりして待って、10分くらい経過した頃。
店の裏手から、どこか呆然としたような長谷川が一人で歩いてきた。

「長谷川」

声をかけると、うつろな目がこちらを向く。来たときはあれだけ輝いていた目が、まるで死んだ魚のようである。ぎょっとしながらも、よろよろと歩いてくる長谷川に荷物を渡す。白いバッグを手に取って肩にかけ、彼女は顔を俯かせた。

なぜみょうじは来ないのか、なぜここまで落ち込んでいるのか。訳が分からなくてただおろおろしていると、長谷川はぽつりとつぶやいた。

「……知らなかった……」
「は? なにが?」
「……出水すごいね……」
「いや何が?」

おれの問いかけには答えることなく、長谷川はふらつきながら歩き去ってしまった。
大丈夫だろうか。

追いかけようか思案していたら、今度はがしがしと頭をかきながらみょうじがやってきた。おれの姿を認めるとため息をつき、「荷物」と言いながら手を差し出す。
その手に鞄を置いてやって、小さくなった長谷川の背中を横目で見た。

「……なんかあった?」
「別に」
「別にって。告白されたんだろ?」
「された」
「断ったのか?」
「断ってはない」

いつもなら、お前に言う筋合いないだろくらいの言葉は返ってくる。

それがないということは、いつだったかと同じく相当疲れているのだろう。疲れると多少素直になるようである。
歩き出したみょうじの半歩後ろをついて歩く。

「断ってはないって、長谷川めちゃくちゃ落ち込んでたぜ?」
「優しいところが好きとか言われたから、ちょっと素見せただけ。したら勝手にへこんでた」
「……」

そりゃショック受けるわ。

学校での態度と素の態度でまったく別人なのだから、恋する乙女にはすさまじい衝撃だったことだろう。恋していない男子高校生でも驚いたんだから。

「素見せたって、それ学校で言いふらされたらどーすんだよ?」
「は、言ったところで誰も信じないだろ。信用の多さなら俺のほうが上だろうし」
「うわー見事なゲス顔だなお前」

まあ長谷川なら言いふらしたりはしないだろう。そういうことに関しては口の堅いやつだし。
そこでふと思い出して、みょうじに尋ねてみる。

「そういや、長谷川に出水すごいねって言われたんだけど。何か言った?」
「は? ……いや、別に何も」
「? そっか」

変な間が気になったけど、みょうじの顔が疲れ切っていたからやめておいた。
ただでさえ忙しい仕事の合間を縫って来ているし、告白を断るにも精神的疲労があるだろうし。
しょうがないよなと思ったところで、なぜかみょうじと長谷川が付き合わなかったことに安堵する自分がいることに気が付いた。

「出水?」
「あ、わり。なんでもねーよ」

こちらを覗き込むみょうじにそう返して、その背中をばしんとたたいた。

「まーお前の素を受け入れてくれる女子って、なかなか見つかんねーかもなあ。気長に待て、な?」
「うっぜえ……豆腐に頭ぶつけて死ねばいいのに……」
「死なねーわ。ほらほら、素見られて振られたみょうじくん、どっかで残念会でもしようぜ」
「ああなるほど、出水もダメだったんだな。100%その服のせいだと思うけどな」
「なんでだよ。かっけーだろ千発百中」
「……ウンソウダネ」
「おい片言」

誰かと付き合いたくて行ったわけじゃないし。本当に。負け惜しみとかではなくて。

まあ若干悔しい思いがないわけではないけど、それよりも安堵のほうが大きかった。理由はわからないが、たぶんこいつに先を越されたくなかったとかそういうのだろう。

長谷川がどうして「すごいね」なんて言ったのかは気になるものの、それよりも、また気兼ねなくあの花屋に言って、みょうじと話せるということが嬉しかった。


エリカ:孤独、寂しさ、博愛

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