宵の攻防


「なんだ、みょうじ」
「……」
「?」

うつろな表情のまま、こちらを見ることもせずぼうっとしている。
もしや吐きでもするのかと、そちらへ歩みよろうとした瞬間、それは起きた。

みょうじが突然、俺の腕を強く引いて、あっという間に赤らんだ顔が近づく。酒の匂いと、彼がいつもつけている香水の匂いがわずかに漂って、ああ、近い、と冷静なままそんなことを思った。

「んっ」

がさついたみょうじの唇が重なる。下唇をべろりと舐められて、また酒の匂いが強くなった。背筋にうすら寒いものが走る。
コイツ、どれだけ飲んだんだ。

「っ、おい」

身体を離そうにも、頭をしっかり抱えられて抜け出せない。
いや、みょうじを思い切り放り出せば、きっと抜けられる。しかし、それをしようという気がわかないのだ。

「おい、やめろ」

肩を押す手に力が入らない。むしろその手は咎めるようにみょうじにつかまれて、歯形が付くくらいに強く噛まれた。思わず手を引くと、再びキスされた。
口開けろ、と低い声で命令され、言われるがままに薄く開く。腰にぞわりと何かが溜まった。
開いた口から侵入してきた舌が触れるたび、体から力が抜ける。

「は、っく、ふ」

好き勝手に蹂躙して、みょうじが離れていく。
しゃがみこみそうになる俺の腰に腕が回って、意外に強い力で引っ張られる。
ベッドに座ったみょうじの膝の上に乗り上げて、視線は俺の方が高いはずなのに、下から見上げる彼に征服されているような気がした。

「みょうじ、」
「んー?」
「……よく見ろ、俺だぞ」
「んー……」
「んっ、……いい加減に、」

服の裾から体温の高い手がもぐりこみ、脇腹を撫で上げる。
みょうじは俺のシャツのボタンに噛みついてから、ちらりとこちらを見上げた。

「これ、脱いで」
「っだから」
「脱げよ」
「っつ……!」

脇腹を爪で思いきりひっかかれ、じんじんと鈍い痛みが走った。熱いような冷たいような感覚に、血が出ていることを知る。どれほど強くひっかいたのか。

ひっかいておきながら、みょうじが手を出す様子はない。
あくまで俺が自分で脱げ、ということなのだろう。ここで言う通りにしたら、この後の行為を受け入れたも同然となる。
これでも、男としての矜持は持ち合わせているつもりだ。そしてまた、自分には生涯必要がないと思っていた、男同士の性行為の知識も。

どちらが大切かだなんて、火を見るより明らかだというのに。

「……ああ、くそっ」

悪態をついて、ベストに手をかけた。

それを笑みに歪んだ目で見ながら、みょうじがお利口さん、とふざけたことを言う。
この後がどうなったところで、俺が知るものか。

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