妹さん、目覚める


私は幽霊だ。
「存在感が薄い」という意味での幽霊ではない。ガチの幽霊だ。

物には触れないしドアはすり抜けるし(本気を出せばポルターガイストできるけど)、話しかけてもふざけても誰も反応しない(たまに反応する人はみんな微妙な顔をする)。

最期はもう曖昧だけど、謎の怪物に食べられそうになった兄を庇ったら、ぐさっと胸に何かが刺さった。気がする。とにかくそれで絶命したのだろう、気が付いたら、眠る兄のそばにいた。

最初はよくわからないままあちこちをふらふらしていた。近くにはいっぱい似たような人がいて、自分が死んでいるだなんて思わなかった。
だけど、その施設の地下、遺体収容所らしき場所を偶然見てしまったのだ。
正確には、両親と自分の無残な姿を。

自分の死んだことを認めたくなくて、抜け殻のような兄を見るのがつらくて、私はその場から逃げ出した。

なんで私がこんな目に、という気持ちと、家族が死んでしまった混乱と、兄が生きていてくれたことの安堵と。時間の感覚は徐々に曖昧になっていったが、おそらく1年くらいは、嘆いてばかりいた。今にして思うとよく悪霊?とかそういうのにならなかったなと思う。

気持ちが落ち着いたら、ようやくちょっとだけ冷静になって、これからどうすればいいかを考えられるようになった。
成仏しろって話だけど、じゃあどうやったら成仏できるのか教えてよって言いたい。未練があるっていうのはわかるけど、何に未練があるのかさっぱり分からない。

途方にくれながら町をふらついて、私は出会ったのだ。

『BL』、というものに。

きっかけは小さい本屋だ。
毎回ブロックされていたけど、私は毎回18禁コーナーが気になっていた。幽霊なのをいいことにそこに近づいて、そして見つけたのだ。

男同士が組んずほぐれつしている表紙の、ピンクい漫画を。

似たような漫画ばかり並んでいて、なんと立ち読みしている剛の者もいた。その後ろからそっと覗きこんでみたら、そこには魅惑の世界が広がっていた。
私は幽霊歴2年目、腐女子として目覚めてしまったのだ。
幽霊だから、買った人についていって、読んでいるところを後ろから一緒に見たり、イベントに行ってみたり、男同士のカップルをガン見してみたり。ゲゲゲの鬼太郎の歌のとおり、お化けには学校も試験も会社もないのである。なんたる至福。

おかげで今では、ネコタチの意味から、無機物の擬人化萌え、偉人のBL妄想までどんとこいという立派な腐女子である。

しかし、そんなBL充な生活を送る中でも、気がかりなことはあった。無論兄のことだ。

いつもけらけら笑っていたあの人が、まるで死んでしまったみたいに。
何度も会いに行こうとは思ったけど、そのたびに、あの時の魂の抜けた姿が頭をよぎった。
場所を知らないとか、どうせ気づかないとか、自分を騙して、会いにいかなかったけど。

「なー弾バカ。みょうじさんって玉狛住みだっけ?」
「ん? らしいけど。なんだよいきなり」
「秀次がさあ、この間上着借りたらしいんだよな。返しとけっておれに渡してきた」
「あー、本部あんま来ねーもんな。つか三輪が借りるとか珍しいな」
「と、思うじゃん? ほぼ押し付けられたっぽいぜー」

デコ出しカチューシャが特徴の「よねや」が、わりとイケメンっぽい「いずみ」とそんな話をしていた。あのデコに「いずみ」がキスして前からずっと好きだったんだとか言わないかなと思いながら見ていたから、突然自分の苗字を言われてびっくりした。

みょうじさん。さん付けってことは、男子高校生らしいこの二人より年上か。

兄は確か今年で19だった、はず。高校生より年上、みょうじさんという名前。
条件はクリアしている。

(……ダメもとでいいか)

家族の唯一の生き残りである、兄。今どうしているのか、気にならなかった日はない。
たまこま、ってどこにあるんだろう。



数日探して、ようやく「たまこま」を見つけることができた。

川のど真ん中にある建物の外壁に、最近よく見る立方体マークが書かれている。たぶんここだろう。なんかガチムチな人とメガネのお姉さんが「やっぱ玉狛落ち着くわー」みたいな会話をしていたし。多分。

ひとまず、中に入って見まわってみたけど、兄らしき姿は見当たらない。
……なんかカピバラいるよここ。こっちみんな。

もさもさしたイケメンとガチムチさんとで妄想してから、外に出て兄を待つ。ダメ元だと思っていたはずなのに、何を期待しているんだか。

そうして待ち続けて、どれほど経っただろう。
外はすでに暗くなっていた。

しばらく建物の中から聞こえていた賑やかな声もなくなり、イケメンとメガネのお姉さん、赤いカーデガンのお姉さんは帰っていった。兄はまだ、帰らない。

やっぱり、待つだけ無駄だったのかもしれない。そりゃそうだ、ここが玉狛だって確証もない。「よねや」たちの言うみょうじさんが、兄だという証拠もない。

なんだか無性に寂しくなって、ぎゅっと涙をこらえる。
帰ろうとしてふわりと浮くと、ふと足音が聞こえてきた。再び地面に降りて、音の聞こえる方向に目をこらす。

二人分の足音がだんだん大きくなっていき、薄もやのようだった姿もはっきりしてくる。

街灯に照らされ、誰かと歩いてくるその姿は、まぎれもなく。

(お兄ちゃん!)

「なまえ、寒くない?」
「……」

隣を歩く、変わったサングラスの青年に話しかけられて、兄は笑顔で首を振っていた。
やっぱり私には気が付いていない。でも、それでもよかった。兄が再び笑っていたから。

さっきとは別の意味で、涙があふれそうになる。

(よかった、私、心配してたんだよ。ほんとに、よかっ……)

この数年で、鍛えられてしまった私の目は、すっと彼らの手に向かった。

指を絡めて手をつないでいる。
いわゆる恋人つなぎだ。あふれた涙はすぐさま引っ込んだ。

「……ね、なまえ」
「?」

青年はふと立ち止まり、兄を呼ぶ。
つられて立ち止まった兄は首を傾げた。

そして、その頬に、彼の唇が押し当てられ。

「……、……!」
「ごめんごめん、つい」

顔を赤くして、つないだ手を放し、怒っている兄。そんな兄を愛おしいものでも見るように見つめている青年。
悔しそうに顔をゆがめた兄は、今度は青年の胸倉をつかむと、自分の方に引き寄せた。
そして、その唇にちゅ、と音を立てて。

いやそんな、兄のプライベートなんて、というか恋人とのそんなイチャイチャシーンを見るなんて下世話な、ここは妹としてどうするべきだろう、やっぱりここは見なかったふりをして立ち去tあのグラサン肩を抱いたあああああ!!
行け!!! 押し倒せ!! 部屋まで我慢しないでもいいぞ!! ああごめんお兄ちゃんやっぱ私自分の欲望に忠実になるわ!!

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