□もしもあの場に彼がいたら
トリガーの調子が悪かったのでメンテナンスしてもらいに行こうとしたら、アフトクラトルとかいう国の人型近界民が侵攻してきた。それ自体は、聞き及んでいたことだからああ来たかくらいの感想だったのだ。
しかし、研究室は、堤のところの隊長がキューブにされたので、その解析やらでてんやわんや。つまり、メンテナンスができる状態ではない。
「俺も行った方がいいですか?」
『トリガーの調子が悪いんだろう? みょうじは基地で待機していたほうがいい』
「わかりました」
忍田本部長にはそう言われたので、俺は大人しく出撃を諦め、通信室で手伝いをしていた。
そして現在、黒く細い角を頭に着けた、長髪の近界民に攻め込まれている。
「なんだァ? 死んでねぇ奴がいんな」
「……マジか」
ここはボーダー本部基地。セキュリティも強固だし、そうやすやすと侵入できる場所ではない。そういう場所でなくてはならない。
だが現実として、見るからに好戦的な近界民が、壁を壊して侵入してきたのだ。
血を流して動かないオペレーターや、うめき声をあげていても動けなさそうなエンジニア。物陰にいたおかげで、対して被害を受けていない俺。
「てめーはトリガー使いか?」
ごぼりと音を立て、近界民の腕が波打つ。
ログも見ていないような未知の相手、その能力。どう考えてもこちらが不利だ。
トリガーを起動させて、ハンドガンタイプのアステロイドを構える。
「そうだと言ったら?」
「はっ、ぶっ殺す!」
足元で何かが動いた気配がした。
とっさに、自分が立っている場所にシールドを張る。何かがぶつかる音と衝撃が伝わってきた。下から攻撃してくるのか。
通信室には、まだ生きている人間がいる。ここで戦うのはまずいか。
頭と心臓部に何発か撃ち込みながら、通信室の外に出る。弾は命中したものの、まるで水に撃ったように手ごたえがない。穴はすぐにふさがり、不敵な笑みがよみがえる。
「けなげな攻撃だな。そんなんでこのエネドラ様を倒せるとでも思ってんのか?」
「いや、これっぽっちも」
トリガーをアステロイドからメテオラに変える。
再び足元から刃が飛び出てきたので、背後に飛んでかわす。続けざまに壁からも現れ、今度はかわし切れずに頬を切った。
トリオンが流れ出ていくのを横目に見ながら、小さく舌打ちした。
実は今、俺のトリガーは緊急脱出機能が使えない。だからメンテナンスをしてもらいに来たのに。もしここでこいつに負けたら、生身の体も切り刻まれることだろう。
いったん後ろに大きく飛んで、メテオラを通路の四隅、そしてエネドラと名乗る近界民に向けて撃つ。
通路が爆発して、轟音を立てながら崩れ落ちる。
閉じ込めたかと思ったのもつかの間、隙間からごぼごぼしながら出てきてしまった。
「……水溶き片栗粉っていうか、スライムか」
「あ!? 何ほざいてやがんだ、猿野郎が!」
「単細胞生物よりは、猿のほうがましかもな」
メテオラの出力を調節し、再び構える。ちょうどそのとき、通信が入った。
『みょうじ!』
『! 忍田本部長』
頭に直接声が響く、独特の感覚。
一瞬気を取られたのが悪かったのか、足元と壁から突き出た刃をかわし切ることができなかった。
『通信室に救護班を向かわせたい。そのままそいつを引き付けてくれるか!』
『長くはもちませんが、それでいいなら』
『構わない。そちらに応援が向かっている!』
左腕の肘から下が切り落とされる。
再び天井を落として、距離をとった。背後から、エンジニアたちが起動した護身用トリガーの弾丸が迫っている。
prev nexttop