□写真部の暗室で
フィルムピッカーでフィルムを引き出して、先をハサミで少し切る。
この作業が、どうしようもなく嫌いだった。
ちょきん、と無機質な音とともに、フィルムの先、ベロと呼ばれる部分が切り落とされる。できそこないの部分はこうして少しの役目を終えたらすぐサヨナラだ。
暗い部屋、遮光カーテンをぴったりと閉めた中は、手元すら見えないくらいだ。
だけどもう何度もやっている手順だからか、フィルムをリールに巻きつけるのも、タンクの中に入れるのもよどみなく手は動く。他の作業はてんでダメで、例えば散らばったボールを集めることも時間がかかるのに。
思い出したら、一番ひどく蹴られた腹が再び痛み出したような気がした。こらえきれなくて蹴られたときに吐いたらうわきったねえ、と笑われた。お前の顔よりはきれいだろと思ったけど、言ったらまた殴られるので大人しくしていた。
現像液の入ったタンクを振って攪拌していたら、暗室の中にドアが開く音。真っ暗闇に光が差して、思わず眉間にしわを寄せる。
ぎろりと後ろを睨んだら、へらへら笑っているクラスメイトと目があった。
犬飼澄晴、ボーダーの二宮隊とかいうところに属しているらしい。興味がないからよくは知らない。なのにこいつは、何が面白いのかちょくちょく絡んでくる。
「みょうじくん、見っけ。またいじめられたの? 血出てるよ」
「うるさい。ドア閉めてさっさと出てけ」
タンクに入っているからいいようなものの、もしまだフィルムを取り出している最中だったら大惨事だ。光だけで一気にダメになるのに、それを何度言っても犬飼はやめようとしない。
今はセーフだが、いつそんな事故を起こすかこっちは気が気じゃない。
「それ、次の展覧会用の? 俺前回行けなかったんだよね、任務でさー」
「だからなんだよ。入ってくるな」
「つれないこと言わないでよ。ほら、ドアしめたげるから」
ぱたんとドアが閉められて、犬飼の気配が俺の背後に移動する。ドアを閉めろと言ったのはそうだけど、入ってきていいなんて言ってない。
「俺、みょうじくんの写真、結構好きなんだー。芸術云々はわかんないけどさ」
「俺の写真なんかに芸術性を感じられるわけないだろ」
俺自身がそんなもの欠片も感じないんだから。
写真部は俺一人で、他は幽霊含め誰もいない。それでも存続できているのは一人の活動でも問題がないからというのと、二か月に一度開かれる展覧会にきちんと参加している、つまり実績があるということ。
この間なんかは適当に撮った写真が表彰されて、調子に乗るなと殴られるはめになった。
それでも、一人になれる時間なんて部活くらいしかないから。
「俺も写真部入ろうかなー」
「死ねよ」
「うっわひどっ! 部員増えるの、嬉しくないの?」
「嬉しいわけないだろ。俺は一人でやりたいのに」
意外、とでも言いたげな後ろの犬飼を、見えないけどにらみつける。
部員増えるの嬉しくないの、なんて。お前みたいに仲間がいて友達がいてクラスでも人気者で、そんなヤツがそばにいたって窮屈なだけだ。
「だって、俺と一緒にいたら、少なくともいじめはなくなるんじゃない?」
「お前みたいなのが近寄んなって方向に変わるだけだろ」
「そっかー。うーん、これは難しい」
「難しくない。要は俺がいなくなればいいんだ」
そうすれば俺のいじめはなくなる。
代わりにまた誰かが、目をつぶって投げた石にあたった誰かがいじめられるだけ。そうやってどんどんループしていくんだ。
現像液を捨て、停止液を入れる。また攪拌して、今度は定着液を入れた。
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