□生きるより愚かな行為
(これと少しだけ続いてる)
俺の一応は恋人と言えるみょうじは、とにかく表情がよく変わるやつである。
ちょっとしたことですぐ泣くし、少し優しくしてやればすぐへらへらと笑い出す。
控えめで自己主張をしないが、いつの間にか隣にいて安心感をくれる。そんな人間だ。
俺の部屋で、一緒に学校の課題をやっていたときのこと。
かりかりと音を立てて文字を書いていく彼の頭を見ながら、ぼんやりと考え事にふけっていたら、それまでこちらを見てもいなかったみょうじが顔を上げた。
「ねえ、三輪」
「なんだ」
「何か難しい考え事してる?」
眉間すごいよと言いながら、みょうじの指が俺の眉間をついた。
いつの間にか寄っていたしわを伸ばすように指が動く。顔が近いのが恥ずかしくてその肩を押すと、みょうじは少しだけ驚いた顔をして、何かを企むように笑った。
嫌いな表情ではないが、こういう顔をするときは必ず俺が恥ずかしい思いをするので、思わず後退りする。
みょうじはそんな俺にかまわず、眉間から手を放した。
「みーわ」
そして甘ったるい声で俺の名前を読んで、正面からがばりと抱き着いてきた。
勢いと二人分の体重を抑えきれず、後ろに倒れこむ。
肩甲骨のあたりを床に打ち付けたせいで、じんじんとした痛みが伝わってきた。
「みょうじ、重い。どけ」
「んー……あと5分だけ」
「……5分だけだぞ」
「うん。ありがと、三輪」
耳元でそう言われて、そっぽを向いた。
こいつはいつも、呼ばれるこちらが恥ずかしくなるくらいに優しく甘い声で俺の名前を呼ぶ。泣いている時でさえ、どこか温かみを感じる声なのだから、そんなサイドエフェクトがあってもいいと思う。
まあ、みょうじはボーダーではないのだが。
そんなにトリオンないよと笑いながら言われて、少し不思議には思ったけど、それなら仕方ないとも思った。違和感の正体よりも、みょうじに自分が味わった経験をさせないことの方が、俺には重要だった。
規則的な心音を響かせる体を、そっと抱きしめる。
みょうじの腕にこもる力が、少しだけ強くなった気がした。
「みょうじ、」
「三輪、好きだよ。大好き」
「……ああ」
言いたかったことを先に言われてしまった。
耳
に心地よいその声を、心音を、いつまででも聞いていたかった。
今にして思えば、不審な点はいくつもあったのだ。
付き合い始めて、もう両手の指で数えられないくらいの月が経っても、俺はまだ、みょうじの部屋には入ったことがないこと。
親が共働きで、日中いないというから、いつも日の当たる暖かいリビングで時間を過ごし
た。
一般人なら、あまり耳になじみがないだろう「トリオン」という言葉を違和感なく使っていたこと。
自分のトリオン量が多いか少ないかなんて、ボーダーではない人間にわかることじゃない。
トリオンと同じく、サイドエフェクトについても知っていたこと。
お前の声にあるかもしれないと言ったら、そうだったらいいねと、話の内容を理解して受け応えていた。
気づくサインは、きっとそこかしこにあった。
任務を終えて、帰宅する前にみょうじの家を通るから、あわよくば会えたらと思っていた。
そんな思いで、ただ通っただけだった。
「三輪、やっぱり来ちゃったかあ」
知っているはずなのに知らない笑みを浮かべるみょうじは、いつもと別人のようだった。
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