□君が泣いてしまうから、そばにいなきゃと思ってた
屋上を出て、階段を下りて、音を立てないようにしながら自分の部屋に戻った。
静かにドアを閉め、寄りかかる。
泣くまいとすればするほど、涙が出てきて止まらなくなった。
ずるずるとその場に座り込んで、片手で顔を抑える。もう片方の手で膝を抱え込んだ。
女々しいにもほどがあると自分を罵ってみても、さらに気分を落ち込ませるだけで涙を止めることはかなわない。
ちゃんと好きだから。
そう言ってくれた迅を、もう信じることができなかった。
今まで、どれだけ不安でも寂しくても、迅のことを信じていたのに。
「……、っ……」
わからないよ、迅。
どうして何も言ってくれないの。どうして一人で終わらせてしまおうとするの。
どうして、約束なんてしたの。
「……」
果たせない約束なら、もういらない。
僕が迅を苦しめる理由ならば僕はいらない。
怖がらせたくない。悲しませたくない。寂しがらせたくない。
どれもこれも、結局のところ僕にはできないことだったのだろう。
いつまでたっても声が出ない、過去と向き合うことができない僕なんかには。
心の中身を手のひらに乗せて、それを迅に見せることができたなら。
声が出なくなって、今年で4年。
僕は初めて、声が出ないことに感謝した。
みっともない泣き声なんて、誰にも聞かせたくなかった。
次の日、大学は昼からだったけど、泣きはらした顔を見られたくなくて誰よりも早く玉狛支部を出た。
とは言っても、授業もないし僕はサークルにも入っていないので、大学では時間をつぶす場所がない。しかも朝だから、どこのお店もまだ開店準備中。
あまり気は進まなかったけど、トリオン体なら目が赤いのもばれないだろうと、ボーダーの本部へ行くことにした。
人の出入りの少ない通路から基地に入って、トリガーを起動する。
これで生身の顔は見られない。
さて、どうしよう。
誰かに模擬戦でも挑んでみるか、それとも記録を見て時間をつぶすか。沢村さんが忙しいなら仕事を手伝うのもいいけど、大学に行く時間になったら切り上げなくちゃいけないしな。
考えながらぼんやり通路を歩いていると、誰かの腕が僕の肩に回った。
「?」
「みょうじー、久しぶりだなお前」
「……!」
太刀川さんの声。
驚いて顔を上げると、紺色のジャケットに身を包んだ太刀川さんがいた。
出水くんとなら何度か会ったけど、太刀川さんに会ったのは確かに久しぶりだ。……大学でもなかなか会わないし。本当に単位大丈夫なのかな。
とりあえず腕から抜け出て、頭を下げてあいさつする。
しかし、なんでか太刀川さんは変な顔をして、あごに手をやって何やら考え込んでしまった。
「……?」
「ん、あー、悪い。……みょうじ、今日予定は?」
「……」
画用紙は出さず、書き物をするジェスチャーをしてみた。
まだ太刀川隊だったとき、学校があるという意味で使っていた。玉狛に入ってからは、置いてある画用紙に「学校」の文字があるから、それをかざすことになっている。
太刀川さんはそれを見ると、少し首をかしげてから、あーそうか、とうなずいた。
どうやら覚えていてくれたらしい。
「大学、たぶん昼からだろ?」
「……」
「やっぱりな。んじゃちょっと作戦室来いよ。国近がカービィのエアライドやってんだけど、デデデが倒せないって怒っててな」
「……」
「ああ、昨日の夜急に引っ張り出してきた。まだ全クリしてないんだってさ」
ゲームキューブ懐かしいよなーと言いながら、太刀川さんが歩き出す。
慌てて僕もついていくと、ぽふ、と頭に彼の手が乗った。
そのままわしわしと頭をかき混ぜられて、髪はあっというまに寝起きのように乱れてしまった。
非難の意味を込めて太刀川さんをじっとり見つめるも、彼は特に気にした風もなく、何気ない調子で言葉をつづける。
「俺はもうお前の隊長じゃないけど、これでも心配はしてんだぞ」
撫でていた手が離れていく。
僕はただうなずいた。
何も知らない、何も聞いてこない太刀川さんの存在が、今はただありがたかった。
◆ ◇ ◆ ◇
はっきりと目に見える変化があったわけじゃない、と思う。みょうじに会ったのは久しぶりだったから、もしかしたらずいぶん前からそうだったのかもしれない。
「ねーみょうじさんみょうじさん、わたしハイドラ使いたいから、パーツ出たら教えてね」
「……」
「おっ、ウィングスター。みょうじさんそれ好きだよねー」
作戦室のソファに座って、並んでモニターを見つめているみょうじと国近。
少し前までは当たり前の光景だったもの。
それを寝転がって見つめながら、先ほどのみょうじの様子を思い出す。
驚いた顔も、頭を軽く下げてあいさつをする様子も、いつもと変わらなかった。
ただ一つ変わっていたのは、笑顔がなくなっていたことだけ。愛想笑いさえも。
迅との間に何かあったんだろうなあ、とすぐに見当はついたけど、聞くのはなんとなく気が咎めた。だからといって励ますのも違う。
結局気分転換にと作戦室に連れてきたが、どうやら成功だったようだ。
「太刀川さんもやろーよー」
「おー。じゃあ俺メタナイト使うわ」
「……」
「みょうじ、なんでいきなりボム取ったんだ?」
にっこりといたずらっぽい笑顔を浮かべて、みょうじはキャラクターを操って道を爆発させていく。あれ絶対俺を爆発させる用だ。国近には甘いから妨害はしない。贔屓だ。
案の定爆破され、国近には太刀川さん弱いと言われてしまったが、みょうじが絶えず笑っていたからそれでいいかと思う。
いつもの笑顔より、少し曇っていたのは仕方がないことだけど。
いつからだっただろう。
愛想笑いもほとんどしなかったようなやつが、小さなことにもころころと笑い転げるようになった。
師匠も持たず、ただ力押しで敵を倒していたのが、緻密に練った戦法を用いて戦うようになった。
彼の隣に迅がいることが自然になった。
「あーくそ、爆破ばっかしやがって!」
「あーあ、太刀川さんのまた倒れたー。あ、ねえ3人いるならマリパやろー。マイク見つけたしー」
「……?」
「今日は休みでーす。大学生は月曜日ってあんまり休めないんだよね」
「なあ。不公平だよな」
「……」
「太刀川さん、月曜もよく休んでるじゃーん」
「なはははは」
何があったか知らないが、早く気づけよ、迅。
こいつの隣にいるのは、俺や国近の役目じゃないぞ。
お題:確かに恋だった
エアライドは楽しい。
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