君が泣いてしまうから、そばにいなきゃと思ってた


屋上を出て、階段を下りて、音を立てないようにしながら自分の部屋に戻った。

静かにドアを閉め、寄りかかる。
泣くまいとすればするほど、涙が出てきて止まらなくなった。
ずるずるとその場に座り込んで、片手で顔を抑える。もう片方の手で膝を抱え込んだ。

女々しいにもほどがあると自分を罵ってみても、さらに気分を落ち込ませるだけで涙を止めることはかなわない。

ちゃんと好きだから。
そう言ってくれた迅を、もう信じることができなかった。
今まで、どれだけ不安でも寂しくても、迅のことを信じていたのに。

「……、っ……」

わからないよ、迅。

どうして何も言ってくれないの。どうして一人で終わらせてしまおうとするの。
どうして、約束なんてしたの。

「……」

果たせない約束なら、もういらない。
僕が迅を苦しめる理由ならば僕はいらない。

怖がらせたくない。悲しませたくない。寂しがらせたくない。

どれもこれも、結局のところ僕にはできないことだったのだろう。
いつまでたっても声が出ない、過去と向き合うことができない僕なんかには。

心の中身を手のひらに乗せて、それを迅に見せることができたなら。

声が出なくなって、今年で4年。

僕は初めて、声が出ないことに感謝した。
みっともない泣き声なんて、誰にも聞かせたくなかった。


次の日、大学は昼からだったけど、泣きはらした顔を見られたくなくて誰よりも早く玉狛支部を出た。

とは言っても、授業もないし僕はサークルにも入っていないので、大学では時間をつぶす場所がない。しかも朝だから、どこのお店もまだ開店準備中。

あまり気は進まなかったけど、トリオン体なら目が赤いのもばれないだろうと、ボーダーの本部へ行くことにした。

人の出入りの少ない通路から基地に入って、トリガーを起動する。
これで生身の顔は見られない。

さて、どうしよう。
誰かに模擬戦でも挑んでみるか、それとも記録を見て時間をつぶすか。沢村さんが忙しいなら仕事を手伝うのもいいけど、大学に行く時間になったら切り上げなくちゃいけないしな。

考えながらぼんやり通路を歩いていると、誰かの腕が僕の肩に回った。

「?」

「みょうじー、久しぶりだなお前」
「……!」

太刀川さんの声。

驚いて顔を上げると、紺色のジャケットに身を包んだ太刀川さんがいた。

出水くんとなら何度か会ったけど、太刀川さんに会ったのは確かに久しぶりだ。……大学でもなかなか会わないし。本当に単位大丈夫なのかな。

とりあえず腕から抜け出て、頭を下げてあいさつする。
しかし、なんでか太刀川さんは変な顔をして、あごに手をやって何やら考え込んでしまった。

「……?」
「ん、あー、悪い。……みょうじ、今日予定は?」
「……」

画用紙は出さず、書き物をするジェスチャーをしてみた。
まだ太刀川隊だったとき、学校があるという意味で使っていた。玉狛に入ってからは、置いてある画用紙に「学校」の文字があるから、それをかざすことになっている。

太刀川さんはそれを見ると、少し首をかしげてから、あーそうか、とうなずいた。
どうやら覚えていてくれたらしい。

「大学、たぶん昼からだろ?」
「……」
「やっぱりな。んじゃちょっと作戦室来いよ。国近がカービィのエアライドやってんだけど、デデデが倒せないって怒っててな」
「……」
「ああ、昨日の夜急に引っ張り出してきた。まだ全クリしてないんだってさ」

ゲームキューブ懐かしいよなーと言いながら、太刀川さんが歩き出す。
慌てて僕もついていくと、ぽふ、と頭に彼の手が乗った。

そのままわしわしと頭をかき混ぜられて、髪はあっというまに寝起きのように乱れてしまった。
非難の意味を込めて太刀川さんをじっとり見つめるも、彼は特に気にした風もなく、何気ない調子で言葉をつづける。

「俺はもうお前の隊長じゃないけど、これでも心配はしてんだぞ」

撫でていた手が離れていく。
僕はただうなずいた。

何も知らない、何も聞いてこない太刀川さんの存在が、今はただありがたかった。


◆ ◇ ◆ ◇


はっきりと目に見える変化があったわけじゃない、と思う。みょうじに会ったのは久しぶりだったから、もしかしたらずいぶん前からそうだったのかもしれない。

「ねーみょうじさんみょうじさん、わたしハイドラ使いたいから、パーツ出たら教えてね」
「……」
「おっ、ウィングスター。みょうじさんそれ好きだよねー」

作戦室のソファに座って、並んでモニターを見つめているみょうじと国近。
少し前までは当たり前の光景だったもの。

それを寝転がって見つめながら、先ほどのみょうじの様子を思い出す。

驚いた顔も、頭を軽く下げてあいさつをする様子も、いつもと変わらなかった。
ただ一つ変わっていたのは、笑顔がなくなっていたことだけ。愛想笑いさえも。

迅との間に何かあったんだろうなあ、とすぐに見当はついたけど、聞くのはなんとなく気が咎めた。だからといって励ますのも違う。
結局気分転換にと作戦室に連れてきたが、どうやら成功だったようだ。

「太刀川さんもやろーよー」
「おー。じゃあ俺メタナイト使うわ」
「……」
「みょうじ、なんでいきなりボム取ったんだ?」

にっこりといたずらっぽい笑顔を浮かべて、みょうじはキャラクターを操って道を爆発させていく。あれ絶対俺を爆発させる用だ。国近には甘いから妨害はしない。贔屓だ。

案の定爆破され、国近には太刀川さん弱いと言われてしまったが、みょうじが絶えず笑っていたからそれでいいかと思う。
いつもの笑顔より、少し曇っていたのは仕方がないことだけど。

いつからだっただろう。

愛想笑いもほとんどしなかったようなやつが、小さなことにもころころと笑い転げるようになった。
師匠も持たず、ただ力押しで敵を倒していたのが、緻密に練った戦法を用いて戦うようになった。
彼の隣に迅がいることが自然になった。

「あーくそ、爆破ばっかしやがって!」
「あーあ、太刀川さんのまた倒れたー。あ、ねえ3人いるならマリパやろー。マイク見つけたしー」
「……?」
「今日は休みでーす。大学生は月曜日ってあんまり休めないんだよね」
「なあ。不公平だよな」
「……」
「太刀川さん、月曜もよく休んでるじゃーん」
「なはははは」

何があったか知らないが、早く気づけよ、迅。

こいつの隣にいるのは、俺や国近の役目じゃないぞ。

お題:確かに恋だった

エアライドは楽しい。

prev next
top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -