天邪鬼と合コン


「出水出水」
「んあー」

終業のベルが遠く聞こえて、それと同時に誰かがおれの肩を揺さぶった。
寝起きでまぶしい目を細くしながら顔を上げると、わりとよく話す女子が席の前に立っていた。
みょうじと一緒にいるのをたまに見る、ハーフアップが似合う女子。

あくびをしながら用件を問うと、彼女は少し声を潜め、おれのほうに顔を寄せた。

「あのさ、出水ってみょうじくんと仲いいんだよね?」
「あ? あー、いや、普通だけど……」
「うそ、あたし画像見たもん。みょうじくんが超笑ってるの」
「…………」

あの笑顔画像、どんだけ出回ってんだよ。
すごいかっこよかったと画像の感想を言い出す女子を手で制する。

「じゃあまあ、仲いいと仮定して。なんだよ」
「あ、うん。……実はさ、みょうじくんのことカラオケに誘ってほしいんだよね」
「カラオケ?」

うん、とうなずいて、彼女はさらに小さな声で言葉をつづける。

「あたし、みょうじくんのこと好きなんだ。それで、合コンみたいな感じでカラオケやって、そのあとに告白したいなって」
「……ふーん」
「遊び誘うといつも忙しいって言われちゃうけど、出水が言えばいけるかもって思うんだ」

競争率あがりそうだよなと槍バカが言っていたのが、ふと蘇る。

一緒にいるのを見かけるんだから、みょうじも悪い気はしていないだろう。
うまくいくにせよいかないにせよ、おれには関係がないから、断る理由もない。まあ、おれが誘ったところではみょうじは来ないだろうし。

だけど、なんとなく、もやもやする。

「出水?」
「ん、ああ。いーぜ、声かけとく。でもあんま期待すんなよ」
「うん、ありがと! 出水も来てよ、かわいい子呼んでるから」
「おー、行けたら行くわ」

まあ、どうせ行かないだろうけどさ。

日時やら場所やらを伝えて、女子は嬉しそうに自分の席へと帰っていった。



「カラオケ?」
「んー」

いつも通り、店先の金属ベンチを陣取って、今日は朝から休みだったみょうじにカラオケの話を伝えた。休みの理由はわからないけど、まあどうせ花屋関連だろう。

みょうじは思った通り嫌そうな顔をしながら、おれの隣にあった紫の花をとる。
距離が近くなって、いつもよりも強く花の匂いがした。

優美なその匂いに似合わない、冷たい声が降ってきた。

「嫌だよ面倒くせえ。何が悲しくて人の歌なんか聞かなきゃいけないんだよ」
「カラオケっつっても、なんか合コンみたいなやつらしいぜ」
「なおさら面倒」

取り付く島もない。

まあそんなもんだよなと思いつつ、なぜか安心した。

みょうじのエプロンの結び目が縦になっているのを眺めながら、ベンチにもたれる。今日は客が少ないようで、もくもくと花束を作ったり、売り物の花の茎を切ったりして働いている。お互い無言のまま、しばらく時間が過ぎた。

ぽつりと、言うつもりもなかったことがこぼれた。

「お前に告白したいってやついるのに、いいの」

ぴたりとみょうじの動きが止まった。

やべえ、とおれが口をおさえるのと同時に、みょうじが振り返る。珍しく驚いた顔をしていて、それを見たら、ああこいつも人間だったんだなと場違いに納得した。

なぜかそのまま見つめ合って、ようやくみょうじが口を開いた。

「……いるの? そんな奇特な奴が」
「おう、まあ……。つーか奇特って、おまえ結構告白されてるだろ」
「いや、最近はあんまり。全部断ってたから」

再び小さなカゴに花を飾る作業に戻りながら、みょうじが言う。

最近はあんまり、と普通に答えてしまうあたり、こいつ自分の容姿自覚してやがんなと感じる。まあ悔しいことに格好いいんだけども。

持ち手につるを絡ませたり、色とりどりの花をカゴの中に入れ、レースやリボンで飾ったり。そんな様子を見ながら、再び聞いた。

「んで、結局行かないって伝えていいわけ」
「あー……」

時刻を知らせる鐘が、遠くから聞こえた。

「いや、行く」

「……は、まじで?」
「ん。いつ?」
「明後日の放課後だけど……」

わかった、と言いながら、みょうじは小さい手帳をポケットから取り出した。
そこに予定を書き込むと、再びカゴを飾る作業に移る。

おれはしばし呆然として、それから反射的にベンチから立ち上がった。ガタンと大きな音をたてたおれに、みょうじがごみを見る目を向け、大きくため息をついた。

「静かにしてんならまだいいけど、うるさくするなら帰れよ。邪魔」
「あ、わり……じゃなくて、行くの? まじで?」
「行くっつったじゃん。耳腐ってんのかよ」
「ええー……」

まじかよ。行かないと思ってたのに。

……いや、別に行っていいんだけど。

悶々とした何かを抱えていると、みょうじは花かごをおれの手に渡し、ベンチを指さした。
ぽっかりと空いていたスペースに紫色ベースの花かごを置き、続けて渡された値札をカゴにさしこむ。

みょうじは使った道具を片付けながら、何か考えているようだった。
その横顔がやっぱり整っていて悔しくなる。

「……何、告白されたらオーケーすんの」

おれの問いかけを、みょうじは鼻で笑った。


ラベンダー:疑惑、沈黙、私に答えてください

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