□天邪鬼の笑顔
みょうじと映画に行って、ボーダーに入りたかった理由を聞いて。
明確に何かが変わったわけじゃないけど、少しだけ距離が縮まった気がした。
まあ気がするだけで、実際はいつも通りの激辛対応なんだろうけど。
「よー、弾バカ」
「バカいうな槍バカ」
任務を終え、だれかとランク戦でもしようかとブースへ向かっていたら、槍バカと遭遇した。向こうは今来たところのようで、まだ制服姿だ。
流れで一緒に歩いていると、はたと槍バカが足を止め、俺のほうを向く。
「そういえば、お前ってさ、みょうじとそんな仲よかったっけ?」
「はぁ? なんだよいきなり。……普通じゃねえの」
突然そんなことを尋ねられ、少しどきりとした。
なんでいきなりそんなことを聞いたのかという疑問は残るものの、一応質問には答える。
仲がいいとは言えないだろうが、険悪というほどではない。向こうがどう思っているかは知らないが、まあ悪い気はしていないはず。
逆恨みされてるけど。
おれの答えに、槍バカはふーんと不思議そうにうなずき、少しだけ首を傾げた。
そして、衝撃的な発言をした。
「昨日お前ら映画行ってただろ?」
ぎょっとして目をむくと、やっぱりあれそうなのかーと笑った。あれってなんだよ。
「え、なんで知ってんの」
「ん? ああ、クラスの女子がツイッターでつぶやいてた」
見せられた携帯には、おれの後ろ姿と、ストローの袋を結んで微笑むみょうじの写真。
今改めて見ても破壊力がすごい、じゃなくて、これ撮られてたのか。盗撮じゃねーか。
映画のこともついでのようにつぶやかれていて、わりと最初から見られていたのにようやく気づく。映画から、あのときのイレギュラー門、そこから喫茶店。ほぼ丸一日見られていたらしい。
まじまじとその画像を見ながら、槍バカが言った。
「あいつこういう顔すんだなー。完全に力抜いてる」
「……まあな」
第三者から見て、リラックスした笑顔。
おれだってあんな表情を見たのは初めてだったけど、他の奴も見たことがなかったんだと思うと、少し得した気分になる。
しかし、槍バカが次に言ったことに、少しだけ思考が停止した。
「こりゃまた競争率あがるだろーなぁ」
「は」
競争率。
「……あー、そーだな」
みょうじはモテる。
優しくて(おれ以外に)顔がよくて(おれにはたまにヤクザみたいな顔する)、成績優秀。1年の時はもっとすごかったと聞いた。
玉砕数が増えるにつれ、わざわざ告げる人間も減ったんだろう。
でも、もしみょうじが誰かと付き合うことになったら。
「…………」
あの笑顔とか、自分にだけ素を見せてくれている優越感のようなものとか、そういうのが全部、その付き合ったやつのものになるんだろうか。
いや、たとえそうなっても全くおれには関係ないし。
むしろそうなったらみょうじをいじるネタが増えるだけで、別にこれまでと変わりなく。
……変わりなく。
スマホをしまった槍バカに話しかける。
「……槍バカ、ランク戦しよーぜ」
「お? なんだよいきなり」
「今の時間だと、あんま人いねーだろ。ぼこぼこにしてやるから来いよ」
「いーぜ。ケチョンケチョンにしてやんよ」
「古―よその表現」
一刻も早くこいつをぼこぼこにせねば、と変な勢いで、ブースまで走り出す。
槍バカもトリガーを起動しておれの後ろを追いはじめる。
いやもう、嘘だ。
あの笑顔が、おれ以外に向けられたら嫌だとか、束縛したがる彼女みたいなことを思ったなんて、嘘だ。
ああちくしょう、みょうじのあの画像、おれも欲しい。
そのころ花屋では
「あれ? ねえなまえ、今日出水くん来ないの?」
「別に約束してるわけじゃないよ。ボーダーだし忙しいんじゃないの」
「ふーん……残念。映画の感想聞きたかったのになあ」
「…………」
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