□どこでかけ違えた
なまえに代打の理由を聞いてみると大口を叩いておきながら、結局おれは今日もなまえを避けている。
意気地なしとか卑怯者とか自分を罵ってみたところで、体は勝手に先読んで動く。
本当にどうしようもない。
だけど、おれが何もしなくても、もう通常通りに出るようになったらしい。
太刀川さんに結局理由なんだったんだと聞かれて、そこで初めて元に戻っていることを知った。
向こうは向こうの任務で、おれはおれの任務で、またなまえが遠ざかった。
なまえが待っていたのは、おれが避ける理由を聞きたいからだろう。
でも、泣いた理由はまだよくわからなかった。避けられていたからだろうとは思うけど、それだけで泣いてしまうものだろうか。
なんにせよ、そろそろ腹を決めて、向き合わなければならないか。
気が重い、と頭をかいて、玉狛への帰路を歩く。
ブーツが道路を叩く音だけがあたりに響いて、どうしてか、寂しく感じた。
「……早く帰ろ」
ぽつりとそんなことをつぶやいた。
寂しさから逃れたくて、少し歩調を速める。
それがいけなかった。
勢いづいた歩みは、見たくもない数秒先の未来を現実のものにした。
「……」
たよりなげにチカチカと点滅する、錆びた街灯の下に、なまえがいる。
その体を、誰かが抱きしめていた。
考えるより先に体が動いて、街灯へと足が動く。突如現れた足音になまえがおれを振り向いて、目を丸くした。
肩に顔を埋めていたそいつもまた頭を上げ、おれと目を合わせる。きむら、と、自分のものじゃないような低い声が、殺気さえこめてその名前を呼んだ。
「……、」
じん、となまえの口が動く。
彼の体に巻き付いていた腕をひねって放させ、細い肩をつかんでおれの元へ引き寄せた。すぐに木村と距離を取ってにらみ合う。
先日に会った好青年ぶりなど消え、邪魔だと言いたげな気配が不躾に降り注ぐ。
殴りかかるのをすんでのところでこらえ、なまえの肩を強くつかんだ。
しばし無言の時間が過ぎ、口をどうにか動かして、ようやくそいつに問いかけた。
「ねえ、何してんの」
自分でも驚くくらいの低い声に、腕の中のなまえの体が揺れた。
逆に向こうは、挑発的な視線をこちらに向ける。
「……なんだよ、アンタには関係ないだろ」
「へえ? ……おれさあ、自分の恋人が別の誰かに抱きしめられて、平然としてられるほど大人じゃないんだよなあ」
「恋人? ……ああ」
木村は少し変な顔をして、すぐ嘲笑するような、人を馬鹿にしきったような表情を浮かべた。なまえが身をよじったのを抑え込む。
震える手が、肩をつかむおれの手を外そうとする。
「アンタだったのか。何にも言わないでみょうじのこと無視して、わかってやろうともしない、ひっでえ恋人って」
「……はあ?」
ぎりぎりと、頭のどこかで糸が引き絞られている。
それと比例するように、手に込められる力も増えていく。
「みょうじに相談されてたんだよ。最近、アンタが全然話してくれないってさ」
はらわたが煮えくり返っているはずなのに、頭はやけに冷静で、聞きたくない声を拾う。
聞きたい声はまだ一度も聞こえないのに。
「アンタさあ、あんまりみょうじに甘えんなよ。言わないでもわかってくれるだろうとか、言いたくないから黙るとか、結局自分が傷つきたくない卑怯者ってことじゃん」
ぎりぎりぎり、糸はどんどん引き絞られる。
「だから俺にしろって言ってたんだよ。俺ならちゃんとわかってやれるからって。全部理解して支えてやれるからって。アンタはできないから、逃げたんだろ。
……つうか、アンタじゃなきゃいけない理由って何?」
わかってやれない。
支えてやれない。
おれじゃなくても、いい。
この数日で、さんざん考えたこと。
引き絞られた糸が、ここに来てちぎれた。
「……ああ、そう」
冷え切った声に、まずはなまえがこちらを振り仰いだ。
おれを見て、一瞬だけ目を見開いて。
その後、とても傷ついたような顔をした。
お題:確かに恋だった
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