天邪鬼の過去


シューターは前衛向きじゃないなんて言っても、マスタークラスになれば話は別だ。

出現した近界民はさっくりと全部落として、回収班に連絡をして。

現場保持のためにしばらくその場にいたけど、回収班が来たら速攻で後は任せて、避難したであろうみょうじの元へと向かった。

まだあたりはざわついていたけれど、トリオン兵がいなくなったからか少しは落ち着いたようだった。
きょろきょろとあたりを見回し、見知った姿を探す。

きゃっきゃと笑っている小さな子供の声が聞こえて、ふとそちらへ目を移した。

「お、みょうじ」

名前を呼ぶと、子供に何やら話しかけていたみょうじがこちらを向く。
笑顔だったけど、目は笑っていない。
乾いた声でああ出水、とおれを呼んで立ちあがった。

子供は嬉しそうにばいばい、と手を振り、みょうじはそれに応えながらこちらへと歩み寄ってきた。

「終わったの」
「おう。後は回収班に任してきたから」
「そう。……お疲れ」
「……ん」

映画を見た余韻だとか、いつもより柔らかかった雰囲気とかが全部消えてしまっていて、なんだか寂しくなった。
これがいつもの対応だろうと言い聞かせても、一旦柔らかい対応をされてしまうと、どうしてもそっちを望んでしまうというか。

無言で歩き出した後について、おれも速足で歩いた。
腹の立つことに足が長いみょうじの歩幅は大きくて、平均(ここ大事な)のおれの歩幅だと、ちょっと早歩きをしないと追い付けないのだ。

間の悪いときに来やがって、と横目でトリオン兵を見やる。
そういえば、流れでついてきてるけどどこに行くんだろう。家は反対方向だし。

話しかけにくかったけど、とりあえず聞いてみる。

「あ、あのさあみょうじ」
「何」
「どこ向かってんの? 今」
「はあ?」

足を止めたみょうじは、心底バカにしたような顔でおれを振り向いた。

「どっか入るかって言ってただろ。鳥頭」
「鳥頭は佐鳥で十分……って、え?」
「さっき待ってる間に適当なとこ探したから」

佐鳥って一年だっけとどうでもよさそうに言いながら、みょうじは携帯を開く。ガラケーか、なるほど。いやそれはどうでもいい。

行くのはいい。むしろ映画について話したいと思ってくれるのは嬉しい。
だけど、今この雰囲気で話せる気がしない。

「そこの店」

指さされたところは、そこそこ有名なコーヒーのチェーン店だった。



店員のお姉さんはみょうじを見て目がハートだった。
ご一緒にあれはどうですかこれはどうですか、お時間かかりますがよろしいでしょうかレシートはご入用でしょうかと、ひたすら話しかけていた。

隣で注文したおれの倍以上の時間をかけて、みょうじの頼んだものがトレーに乗せられて出てくる。それから空いた席に向き合って座った。

ストローが刺さったクリームたっぷりのコーヒーをひとくち飲んで、ちらりとみょうじをうかがう。いろんなオプションを勧められた結果、ごくごくシンプルなブラックになったようだ。

男子高校生が2人して無言でコーヒーを飲んでいる図は異様だろうな、と思いながら、ストローから口を離した。

さっきの近界民を回収したらしいトラックが走っていくのを見て、そういえばと思い出す。
もう映画の話をして楽しい雰囲気、とはいかないだろうし、気になるから今聞いてしまおう。

「みょうじってさ、ボーダー入れなかったんだよな」
「……まあ」
「入りたい理由でもあったのか?」
「別に。ただなんとなく」

嘘だ。

「おれのこと逆恨みするくらいには入りたかったんだろ」
「…………」

皮肉るように言うと、みょうじが黙る。伏せられた目が、長い睫をより長く見せた。
しばらく待つと、ため息をついたみょうじは視線を窓の外にやった。

「……悔しかっただけ」
「悔しい?」
「昔、まだ近界民もボーダーも認知されてなかった頃に、今思えば近界民だったんだろうなって奴に襲われたんだよ」

白っぽくてうねうねした奴だった、とみょうじが言う。俺は黙っていた。

「幼馴染も一緒で。怪我はしたけど、助けてくれた人がいて二人とも逃げられた。でもその次の日くらいに、その人が死んでたってニュース見たんだ」

おれはよく覚えてないけど、大侵攻が起きたその前にも、近界民に襲われたと思しき事件は間々あったらしい。誘拐とか、胸を刺されて死んでいたとか。

「それから?」
「通り魔の仕業ってことになって、俺と幼馴染は説明したんだけど信じてもらえなかった。向こうの親は、こんな物騒なところいられないとか、俺が変なこと吹き込んだんだろうとか言って引っ越した」
「…………」

まあ、親側の気持ちも分からなくはない。
到底信じられないような化け物の話を急にしだしたら、まず付き合っている友達を疑うのは仕方ないのかもしれない。無論それを本人に言うのはどうかと思うが。

素がこうなのに学校であれだけ人当たりがいいのは、と考えたことがあるが、もしかしたらそれが関係しているのだろうか。

「俺があの近界民倒せたら、助けてくれた人も幼馴染もいつも通り過ごせたのかなって思うと悔しかったんだよ。んで大侵攻が起きてボーダー表に出てきて、試験受けて」
「トリオン量なんてもんがあって、落とされたってとこか?」
「そういうこと」

なんとなく、おれを嫌いな理由が分かった気がする。

みょうじはそういう思いを抱いてボーダーに入ろうとして、落とされて。
近界民自体にこれといった恨みもないおれは、あっさりボーダーに入って、A級1位のチームに籍を置いて。

もしも立場が逆だったら、を考えようとしたけど、そんなことを考えても意味がないからやめた。悔しいのは当たり前だろうから。

みょうじのコーヒーはすでになくなって、解けかけた氷が底にたまっていた。おれのプラスチックのコップにはまだ半分ほど残っている。
ストローをくわえて、残りを飲んでいると、じっとこちらを見ていることに気が付いた。なまじ顔が整っているものだから、こうして向かい合うと少し照れる。

「なんだよ」
「んー……」

ストローの袋をきゅっと結んで、みょうじは少しだけ笑った。

バカにしたようなあの笑みでも、学校や花屋の客相手に見せる営業用スマイルでもない。効果音をつけるならニコ、ではなくて、へらっ。

「人にこれ話したの初めてだと思って。なんか恥ずかしいな」
「…………へー」

イケメンの無防備笑顔って、殺傷能力高いんだなって。
そんなことを悟って、ちょっとだけみょうじに近づいたような気がする、そんな休日だった。


シオン:追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う

prev next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -