□透明な世界で僕だけが灰色
「じん」
「お、陽太郎。どうした?」
玉狛を出て本部に行こうと靴を履いていたら、後ろから雷神丸に乗った陽太郎がやってきた。
レイジさん作のヘルメットをかぶった頭を軽く撫でてやると、じっとこちらを見つめて、ちょいちょいともみじの手で手招きをする。
耳を近づけると、こそばゆい息がかかった。
「らいじん丸が」
「ん?」
「……なまえがないてた、って」
「……は?」
思わず、陽太郎の顔を見る。
泣くまいとふんばっているのか、口がぐっとへの字になっていた。
陽太郎は動物と話せるというサイドエフェクトを持っている。
それに、こんな顔をして嘘をつくような子供じゃない。
「なんで?」
「それは、おれにもわからん。でも、ないてたって言ってたぞ」
「……そっか」
一旦手を握りしめて、雷神丸と陽太郎の頭を撫でる。
なまえは今、カウンセリングに行っている。終わるのは、おそらく今日の夕方。
「教えてくれてありがとな。後で話してみるよ」
「ぜったいだぞ! なまえをなかすなど、どんどごうだんだ!」
「言語道断な。んじゃ、行ってくる」
一人と一匹に手を振り、玉狛を出る。
時間帯のせいか人どおりの少ない道を歩きながら、彼の泣いた理由について考えてみることにした。
考えるまでもなく、おれがなまえを避けていたことが原因なのだろうけど。
本部での用事を済ませ、ぼんち揚げを食べながらふらふらしていたら、後ろから誰かに肩を叩かれた。ぼうっとしていたせいで、全く察知できなかった。
「うわっ」
「よー、迅。模擬戦しようぜ」
「って、なんだ太刀川さんか」
「と、風間さんもな」
「えっ」
言われて視線を下げると、おれを真顔で見上げる風間さんがいる。後ろに立っていた太刀川さんは「やっぱ見えないよなー」と笑いながら風間さんの頭を叩き、見事なローキックをくらわされていた。
二人にぼんち揚げを差し出し、何か用かと尋ねる。
太刀川さんだけならまだしも、風間さんもいるとなると何か用事があるのだろう。
ぼりぼりとぼんち揚げを頬張りながら、思い出したように太刀川さんが言った。
「あー、そうだった。みょうじのことなんだけどよ」
「え」
「なんだ、その反応は」
「……いや、なんでも、なまえがどうかした?」
風間さんは少し不審そうな顔をしながらも、教えてくれた。
「最近、みょうじの出動率がほぼゼロだろう。その分を太刀川や出水が請け負っていて、先日俺の隊にも出動指令がきた」
「え」
「俺は別に戦えればいいんだけど、なんかあったのかと思ってなー。お前知ってるか?」
太刀川さんに聞かれ、おれは首を振った。
知ってるも何も、そもそも、最近なまえとの接触を避けていたせいで、そんな事態になっていたことすら知らなかった。
彼の出動率は比較的高い。サポートとしても単体でも。
だから出動率が低いと、自然他の隊にその累が及ぶ。
それに気づかなかったのだから、おれも相当だけど。ここのところあちこち飛び回っていたし、と頭のどこかで言い訳をした。
「お前が知らないとなると……もう手がかりがないな。本当に心当たりもないか?」
「あー……あるっちゃあるんだけど」
言葉を濁す。
なまえが昨日、昼から支部にいたのは、おれを待つためだった。
そこから察するに、出動率が著しく落ちたのも、十中八九おれのせいだ。
そんなことは知らない風間さんは、そうか、と頷いた。
「あるなら聞いてみてくれ。何かあるなら仕方ないが、こっちは高校生がいる。学業に支障をきたすのは避けたい」
「……うん、わかったよ。後で聞いてみる」
口ではそう言ってみたものの。
どうしたら顔を合わせずに聞けるか、なんて考えているおれは、やっぱり卑怯者だ。
お題:確かに恋だった
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