先生の目の前で


「みょうじ先生!」
「あ、緑川くん、お疲れさま」

先生先生と、なぜか周囲を踊る緑川くん。
職員室だというのに、他の先生方はみんな生ぬるくそれを見守っていた。
日常茶飯事なのかと思ったが、後で聞いたところ、「あの」緑川くんに数学の問題を解かせた実習生、ということでそこそこ話題になっていたかららしかった。

「ねえ先生、あの後おれ迅さんにほめられたんだよっ。よくできたなって!」
「そっか、よかったね」
「だからさ、他のも教えて。先生の教え方だったら解ける気がする!」

迅さん、が誰かは分からないが、モチベーションを保ちつつ問題に挑めるのはいいことだ。元文芸部で話を作るのは苦じゃないから、また近界民とかそのへんに例えながら問題を教えればいい。
もちろんだと了承したら、緑川くんは嬉しそうに笑った。

じゃあさっそく行こう、と腕を引っ張る緑川くん。それをやんわり止めて、教科書を取るために割り当てられた机の上を探す。あれ、どこだっけ。

プリントの下かとめくったりして探していたら、

「みょうじ先生、そっちじゃない?」
「え? ……あ、ほんとだ、あった」

わずかに向かい合った机に侵入している数学の教科書に手を伸ばす。自然と体勢が低くなった俺に、すすっと緑川くんが近づいて。

「すきありっ」

なんて、そんな言葉とともに、俺の唇を奪った。
ふにゅ、と柔らかい感触が、一瞬だけ触れてすぐに離れていく。

「……えっ」
「んふふー。みょうじ先生、俺教室で先待ってるからね」

にこやかに、いつもと同じような笑顔で消えていく緑川くん。

ここ職員室だし、他の先生いるし、ていうか同性だし、いやそれ以前に何がどうなってキスされた。
思わず先生方の反応をうかがうと、先ほどと同じ生ぬるい視線がまだ向けられている。
なんでやねんと関西人でもないのに言ってしまった俺は知らなかったのだ。

緑川くんが、俺が実習に来た初日に、他の先生方に俺のプロフィールを聞いて回っていたことも、実習中に俺を落とすと周囲に宣言していたことも。

俺の母校なんてろくなもんじゃないということが、ようやく判明するのは、緑川君の言葉通り実習中に落とされたあとだった。

お題:確かに恋だった

緑川に先生と呼ばれたい

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