□天邪鬼と出かける
渡されたというか、押し付けられたチケットは、今話題の映画のもの。ついこの間、みょうじがクラスメイトに誘われて、バイトがあるからと断っていたやつだ。
お姉さんに弟をよろしくと頼まれ、断れないおれと、首を縦にふらされたみょうじとで、翌日の土曜日、映画に行くことになった。
みょうじの毒舌は家族に発揮されないようで、一度強く言われてすぐにうなずいていた。
少し意外だった。
何はともあれ、チケットを持たされ、待ち合わせ場所と時間を決めて、翌日。
「遅い。土下座して詫びろ」
「みょうじクン、時計見てみようか」
待ち合わせの時間は10時半。今10時24分。
遅いと罵られるいわれはない。
制服でもなくバイトのエプロンでもない私服のみょうじは、悔しいことにやはり格好良かった。もともと整った顏をしていて、均整の取れた体つきで、それで服もセンスがいいとなれば、男女問わず視線が注がれる。
「(ただなあ……)」
惜しむらくはその目つきのすさまじさだ。
親の仇かゴキブリを見るような目つきである。もうだいぶ慣れたけど。
熱い視線をなげかけるお姉さま方を横目に、みょうじに問いかける。
「何、みょうじいつからいたの」
「十数年前」
「お前の存在がいつからか、じゃねーよ! 何分前にいたのかってことだよ!」
「22分」
「2分しか待ってねーじゃん!」
本当に遅いと言われる理由がなかった。
おれのげんなりした顏など知ったことじゃないとばかり、みょうじが歩き出す。見た目はいつもと違っても、花の匂いがするのは相変わらずのようだった。
「とっとと映画館行くぞ」
「おー」
数センチ高い身長を追って、しばらく歩いて。
突然みょうじは足を止め、おれを見た。
「……出水、5度くらいなら頭下げるからパーカーの前閉じて」
「は? なんでだよ」
「千発百中の隣歩くの死ぬほど嫌だ」
頭を使うサスペンスとかよりはゴリゴリのアクション映画のほうが好きだから、もろサスペンスっぽい映画を楽しめるかと多少不安だったけど、杞憂だった。
最初は少しかったるかったけど、中盤くらいからアクションが派手になっていって、怒涛の伏線回収。最後らへん詰め込みな気もしたけど、ものすごく面白い映画だった。
「やばかった。銃撃戦の場面とかめっちゃ燃えたわ。なあ?」
「そこもよかったけど、俺カーチェイスのところ好きだな。車ガンガンぶつけてさ」
「あれな! 日本じゃそんな場面まず見ねーしなあ」
パンフレットと、みょうじのお姉さんに頼まれたグッズを買って、映画館を出る。
おれに対してはいつも冷たいコイツも、今は目をきらきらさせながら映画の感想について話している。最初の機嫌の悪さが嘘のようだ。
どうやら本当にこの映画が見たかったらしい。
月曜になれば学校の誰かと感想を話すだろうけど、見た直後の感動を語りたいようだ。
おれももっと語りたかったので、どこか店に入って話そうかと、手ごろなところを携帯で探そうとした直後。
ブーブーとおれの携帯が震えて、緊急連絡、の文字が浮かぶ。
素早く指を滑らせて中を確認すると、イレギュラー門がこの近くで発生する、とのことだった。
ほどなくして緊急警報が鳴り始め、一気にあたりが落ち着きを無くす。
携帯をポケットにしまい、代わりにトリガーを取り出した。
みょうじはさきほどまでの笑顔はどこへやら、硬い表情でおれを見下ろしている。
「みょうじ、どっか隠れとけ。近界民出るってさ」
「わかった。……」
「……ちょちょっと倒してくるから、終わったらその辺入ってまた話そうぜ」
心配ではない。恐怖でもない。嫉妬、羨望、そのたぐいの目。
同僚から向けられるのは慣れたつもりでいたけど、みょうじのその目はまだどうしても慣れない。
おれがボーダーとして話すたび、彼はそんな目をする。
蔑む目はもうだいぶ慣れたのに、と軽く自嘲してみたが、面白くもない。
空にぽっかりと黒い穴が空く。おれはトリガーを起動し、近界民を待ち構えた。
「落ち着いてください! ここにボーダーがいますから、向こうへ避難してください!」
喧噪の中に、聞きなれた声が割りいって、この場から遠ざかるよう指示を出している。
背後のその声を聞きながら、穴から出てきたそいつらにアステロイドを撃ちこんだ。
アネモネ(紫):あなたを信じて待つ
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