□笑ってるように見える?
何か、僕の知らない事情で悩んでいるらしい迅は、今度は僕を避けるようなそぶりを見せ始めた。
ただ「暗躍」と称して支部にあまり戻ってこなくなった、というだけだけど、前は帰ってきたらすぐ僕のところに来てくれて、僕も迅のところへ行っていたのに、今はサイドエフェクトでも使っているのか、ちらとも姿を見かけない。
もしかしたら、僕の勘違いなのかもしれないけれど。
「それ、勘違いじゃないっすよ」
「…………」
京介くんと、夕飯の支度を一緒にしながら、ふとそのことについて聞いてみた。
すると、彼は淡々とエビの背ワタを取りながらそう言った。
僕もきぬさやの筋を取りながら、小指で文章を打つ。
『やっぱりそう思う?』
「見るからにですし。前あんだけべったりだったのに、いきなりよそよそしいし。でもボスが、『本人同士の問題だから好きにさせろ』って言ってたんで」
「…………」
「別に頭さげなくていいっすよ。聞く限り、なんか迅さんのほうが問題っぽいすね」
そう、なのだろうか。
しかし、何か原因を作ってしまったのはおそらく僕なのだろうし、その原因が特定できれば改善されるはずだ。
「…………」
「迅さん待ち伏せてみます?」
京介くんの言葉に首を振った。
『どうせばれちゃうよ』
「けど、このままでいいんすか?」
「…………」
「ダメもとでもやってみませんか。迅さん、みょうじさんの予知はよく外すみたいだし」
もうすっかりやる気になっている京介くんに覗き込まれ、僕は少し悩んだ。
だけど、結局頷いた。
待ち伏せと言っても、大したことではなくて。
京介くんのすすめに従い、しばらく任務を別の人に代わってもらって、大学やカウンセリング以外は支部に待機するというだけ。要は準ひきこもり状態だ。
代わってもらうと言ってもみんな忙しいだろうと思っていたが、烏丸くんは言い出しっぺだからと代わってくれ、またどう説明したのかわからないが出水くんや太刀川さんも手伝ってくれることになった。
そんな彼らをありがたく思いつつ、インドア生活を送って約一週間が経過した。
一緒に遊ぼうとせがむ陽太郎くんが今日はいなくて、のんびりと読書をしていた時だ。
支部の扉が開く音がして、聞こえてくる「ただいまー」という声。
久しく聞いていなかった恋人の声だった。
「……」
ぺたぺたと気の抜けた足音に、なぜか息を殺す。
なんでもない風を装いながら、読書を続けた。みんなが集まる部屋に、必ず迅は一度顔を出してから自室へ行く。
深呼吸して、玄関の方をソファごしに振り向く。
ほぼ同時に、迅が部屋に入ってきた。
けだるげな垂れ目と視線がかち合って、わずかに見開かれる。
僕がここにいることは読み逃していたようだ。
だけど迅は、すぐにそんな表情を隠して、にっこりほほ笑んだ。
「ただいま、なまえ。珍しいな、この時間にいるのって」
「…………」
おかえり、と口を動かすと、少しだけ迅の目が歪んだのが見えた。
その事実に胸が痛くなる。
「おれ、ちょっと部屋で寝るから。なんかあったら起こして」
「、……」
迅が踵を返し、部屋を出て行こうとする。
待って。
こっちを向いて。
話したいことがある。
叫んだつもりでも喉は震えない。迅はそんな僕に気づかず、足を動かし始める。
どうにかして引き留めたくて、ソファから立ち上がり、迅の腕をつかんだ。
本が落ちて、ばさりと耳障りな音をたてた。
ようやく、迅が立ち止まる。
「……なまえ? どうした?」
「……、……」
勢いで掴んだはいいけれど、どうしよう。携帯も画用紙も机の上だ。
手話じゃ迅にはわからない。手を離したら、迅は逃げてしまう。
「なまえ」
「…………」
口を動かすと、迅は首をかしげる。だけど、再びその目が歪むのを見た。
「…………」
「ん? いいの?」
「…………」
手を離して、いつものように笑った。
迅は少し納得しきれていない顔だったけど、曖昧に笑って僕の頬にキスをしたら、そのまま部屋へと戻って行った。
それを張り付けた笑顔で見送って、足音がしなくなるまで待つ。ぱたん、と遠くで扉が閉まる音がして、それと同時に、僕の目からぽろりとひとつぶ、何かが零れ落ちた。
迅。
そんな誤魔化すような笑顔、見たくないよ。
お題:確かに恋だった
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