笑顔に隠した涙の痕に、僕は気づかないふりをする


太刀川さんは「大丈夫」と根拠もなく言っていたけれど、基本いい加減なあの人のことだ。鵜呑みにしない方がいい、それは分かっている。

だけど藁にもすがりたい思いなのは違いなくて、その言葉を信じ、俺は隣に座っているなまえに話しかけた。

「ねえ、なまえ」
「?」
「こないだ会った、木村ってやつなんだけど。どんな奴だったの?」
「…………」

なまえは意外そうに目を丸くしたけど、すぐに携帯を取り出し、素早く長文を打っていく。
ああパソコン持ってきてやればよかったなと、少し後悔した。

今いるおれの部屋にはぼんちの箱くらいしかない。
パソコンが必要な場合は宇佐美に借りるし。

なめらかに動く指を見守っていると、ようやく書き終えたのか、どこかやり切った顔で、なまえは携帯を差し出した。それを受け取り、メモ帳に書かれた文章を読む。

『木村は、小学校の5年くらいまで一緒のクラスだったよ。好きな芸人が一緒で仲が良かったんだけど、親が転勤するとかで、3学期に転校していったんだ。あの時三門市にいたのは、大学がこっちになったからだって』

なるほど、と読み進めていって、最後の情報にぴくりと眉が動く。

「……なんで大学のことまで知ってんの?」

なまえの手が伸びて、携帯を触る。
指が新たな文章を追加した。

『この間、連絡先交換したんだ。まだあんまり友達がいないんだって。あと、大学で、好きなお笑い芸人が被ってる人がいないからって』

この間。
つまり、おれが茫然としていた時にか。

あの男は少しとはいえ手話ができて、なまえの話にすぐ返事を返すことができる。
対しておれは、なまえが思いを文章にして、それを読んで初めて返事を返す。

彼にとってはきっと、煩わしいだろう手続きをさせて。
手話を覚えるのが一番早いと、知っているのに。

「ふうん、そっか」

なまえは、話せないことを受け入れているから、おれと一緒にいるんじゃない。
頭を殴られたような衝撃とともに、その事実はあの時、おれの中に滑り込んだ。

受け入れてくれる人なら、その同級生や、玉狛のメンバー、それに太刀川さんだってあまり気にしていない。
頭が冷えて、どんどん周りが見えるようになって、その分だけ不安は増した。

なまえはなぜ、おれに好きだと言ってくれるのだろう。

もしここで、おれのどこが好きかと聞いてみたら、彼はどう答えるだろう。
辛い未来も嬉しい未来も、いつも目の前に突き出してくるサイドエフェクトは、口を閉ざしてその先を視せてくれない。

「ねえ、なまえ」

携帯を彼に返す。
同時に何度も何度も呼んだ名前を口にしてみたが、どうしてか距離が一層遠くなったような心地がした。

「大好きだよ」

なまえはぱちくりと目を瞬かせ、そしてはにかんでから、ぼくも、と口を動かした。
だけどその後に、少し訝しげな顔をして、再び口を動かした。
どうしたの、と言っているのがなんとなくわかった。

「なんでもないよ。ただ、なまえが昔の友達とあえてよかったなってだけ」

半分本当で、半分嘘だ。
仲良くしなよ、友達は大事だよなんて、思ってもいないことを告げる。

口がきけない彼は、大事なことをごまかしたり嘘をついたりしないのに、口のきけるおれが、息をするように嘘をつく。
なんて皮肉だろう。

おれの嘘をどうとったのかわからないが、なまえはじっとおれの目を見て、それから笑った。信じてくれたのだろうか。それとも、見て見ぬ振りをしたのだろうか。
聞けなかったから、おれも笑った。

気温は高く、暑いくらいなのに、二人の間に漂う空気は寒々しい。

今まで蓋をして見ないようにしてきたことが、どんどん目の前にさらされていく感覚がした。

おれは、彼の恋人でいていいのだろうか。

お題:確かに恋だった


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