□天邪鬼の友達
最近は花屋に行くことが日課になってきて、常連さんらしい人と話すことも増えてきた。
そのたびにみょうじはこめかみに青筋を立てているが、客がいる手前で怒ることもできないらしく、おれは堂々と「みょうじの友達です」と自己紹介している。
まあいなくなった途端に毒舌が降ってくるのだけど、要約すれば「恥ずかしいからやめろ」だと思うので気にしない。
天邪鬼の言うことを全てまともにとらえる方が間違いだと最近気が付いた。
「あ、出水くん。いつもありがとねー、弟に構ってくれて」
「お姉さん、お疲れさまです。いやー、みょうじいじんの楽しいんで」
ふんわりしたロングスカートをはいたお姉さんが、店の中に入ってくる。
おれはいつも通り、金属のベンチに座ってそれを出迎えた。みょうじはおかえり、と声でだけ迎え、こちらを振り向かずに花束を作っている。
黒いシャツの背中を見、お姉さんは苦笑いを浮かべた。
「そう言ってくれて嬉しいよー。なまえって、友達少ないから」
「? そうっすか?」
「うん」
お姉さんの言葉に違和感を覚える。
学校ではあれだけたくさんの人間に話しかけられたり遊びに誘われたり、人望もあるのに。
そりゃおれみたいに素を知っているやつは少ないかもしれないが、はたから見て友達だと思う奴はたくさんいるんじゃないか。
みょうじが振り向かないのをいいことに、お姉さんはそっと声を潜め、おれのほうにかがみこんだ。
つられて頭をよせると、低くなった声がひそひそと話し出す。
「あの子、うちに友達連れてきたりとかしたことないもの。休みの日も、遊びに行けばって言っても、ずっと家にいるし」
「…………」
「バイトバイトで、もしかして学校で浮いてるんじゃって、不安だったの」
黙り込んだおれをどう思ったのか、お姉さんは慌てたように顔をあげると手をひらひらと振った。
「ごめんね、なまえのお友達にこんなこと言って。気にしないで、あの子と仲良くしてね」
「あ、いえ、こちらこそ」
「ほんとにあの子、」
「姉貴」
こちらを振り向かないまま、みょうじがお姉さんを呼ぶ。
2人してぎくりと肩を揺らし、そっと彼の方を見る。
おれのいる場所からは背中しか見えなくて、表情はうかがえない。
みょうじはいつも通りの声で、お姉さんに話しかけた。
「今日、姉貴の彼氏さんから電話あったよ。明日のことについて話したいって」
「明日? ……あー!」
お姉さんは首をかしげながら、バッグから可愛い手帳を取り出して中を確認した。途端絶望的な顔になり、大げさな動作で顔に手をやる。
似てないな、とみょうじと比べて思った。
彼はあまりリアクションがないほうだ。
「やだ、明日仕事入れちゃってた! あーもう、やらかしたあ」
「被っちゃったの?」
「うーん……。後で謝らなきゃ。さすがに外せないもんね」
どうやら、彼氏さんと会う日に仕事を入れてしまったらしい。お姉さんは残念そうな顔で手帳をしまうと、今度はぽんと手を叩く。
そしておれとみょうじに「ちょっと待ってて」と言い残し、ぱたぱたと奥へ入って行った。
残されたおれたちの間に、微妙な空気が漂う。無視されているのは変わらないけど、どうもいつもと違う気がする。
重い空気に耐えきれなくなって、口を開いた。
「……あー……あの、さ、みょうじ」
「何」
「……なんでもない……」
なに、の二文字に、どれだけ圧力込めるんだよ。
そんな茶化しもできないくらい、みょうじが怖い。それなりに距離感は分かる方だと思うけど、これ以上踏み込めばただの毒舌じゃすまなくなるとわかる。
おれが前にハンドクリームを塗ってやった手が器用に動いて、紫の花が綺麗にまとめられていく。
心なしか前よりは、少しだけ手荒れがおさまったように見えた。
花束が出来上がるのと、映画のチケットを持ったお姉さんが出てくるのとは、ほぼ同時だった。
「これ、せっかくだし二人で行ってきてよ。感想教えてね」
「えっ」
「は?」
マリーゴールド:嫉妬、絶望、悲しみ
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