小説家と東


「みょうじは、どこかのチームに入ったりはしないのか?」
「は?」

本部でふらふらしていたみょうじを捕まえ、書類整理を手伝わせていたときのこと。
ふと気になったことを口にしてみたら、みょうじは無表情ながら、不思議そうに首を傾げた。

合同訓練の結果を手渡すと、向こうからはランク戦の結果が戻ってくる。
それを確認しながら言葉を続けた。

「ボーダーに入ってからずっとソロだろ。わりとモテるのに」
「モテてますかね」
「モテてるよ。昨日だって誘われてたの見たぞ」

みょうじは、ガンナーとしてもスナイパーとしても優秀だ。

射撃の腕もさることながら、頭の回転が速く、戦術についても詳しい。あまりやりたがらないが指揮を執ることもできる。B級でいるのが惜しいくらいに。

それを感じている人間は多く、A級からもB級からも、自分の隊に入らないかと言う誘いが多いのだ。いまだに応じたことはゼロだが。

「誘われましたけど……。人と足並みそろえるのが苦手なんですよ」
「確かに、向いてるようには見えないな……。なら、自分で隊を作るのはどうだ?」
「俺が?」
「まあ人には向き不向きがあるよな、仕方ない」
「せめてもう少し検討してみませんか」

別にいいですけど、と言いながら、みょうじの手が書類をファイルに挟む。新たなインデックスを追加しているその頭が、ふと数年前の誰かに重なった。

自然と口からその言葉がこぼれた。

「二宮のところはどうだ?」

ぴたりと、みょうじの手が止まった。
伏せられていた顔があげられ、目が合う。

「無理でしょう」
「無理か?」
「無理ですね」

無理だろうな、と言ったくせにそんなことを思った。

言いかけた口はぬるいコーヒーを流し込むことでふさぐ。
どうやら少し疲れているようだ。

みょうじは分厚いキングサイズのファイルを棚にしまって、新しいファイルを手に戻ってきた。目的のページを探しながら、独り言のようにみょうじがつぶやく。

「二宮隊と俺じゃ、実力が違いすぎます」
「……そんなに離れてるか?」
「俺は鳩原のような精密な射撃も、犬飼のような攻撃も援護もできませんから」
「でもお前は人が撃てるだろ」
「人は撃てても武器は撃てないです。というか、もうあそこ4人いるじゃないですか」
「はは、そういえばそうか」

やはり疲れているようだ。そんなことを忘れているとは。

鳩原がいなくなった今も、二宮が代わりのスナイパーを入れる様子はない。
彼女が戻ってくるまで、スナイパーの席は空けておくつもりだろう。みょうじもそれがわかっているから、「4人いる」という言い方をしたのだ。

すこしやりすぎたかなと、ごきりと肩を鳴らす。それを見たみょうじが席を立った。

既に空になっていた自分のマグカップと、若干中身が残っていた俺のマグカップを手に取って、「給湯室行ってきます」の言葉とともに部屋を出て行った。

時計を見ると、もうぶっ続けで何時間もやっていたことに気が付いた。
ここらで休憩を入れることにしようか。

みょうじが帰ってきたとき用にと、貰い物のようかんを棚から取り出す。確か和菓子が好きだったはずだ。徹夜続きの俺の記憶と頭が確かならば。

それにしても。

「あいつ、なんだか悔しそうだったなあ」

拗ねているような、寂しそうな。
自分ではなんでもないように言ったつもりなのかもしれないが、隠しきれていなかった。
知らずに笑いがこぼれる。

彼は入隊当初から、同期と比べ熱意のようなものがなかった。
大体のことは人並みに熟すが、それ以上を目指そうとはしない。不思議に思って聞いてみたら、「人並みにできれば後は困らない」と来た。

入隊理由がそもそも「面白そうだから」というのだから、確かに足を引っ張らないなら、それ以上を求める必要もないかと思っていた。無論本心は違ったが。

熱意もなく対抗心もなく、漫然と任務をこなしていた彼が変わったのはいつだったか。

「戻りました。……東さん、何笑ってるんですか?」
「いや。みょうじが変わったなあと思っただけだよ」
「そんなに変わりましたか」
「ああ。いい方向に変わった」

二人分のコーヒーを手にした弟子にまた笑う。

師匠の俺では変えられなかった彼を変えたのは、みょうじがいまだに追いつけない友人たちだった。


「あ、ようかんがある」
「コーヒーに和菓子っていうのも変なもんだけどな。ほら、食え食え」
「じゃあ、いただきます」
「……(幸せそうだ)」

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