先生の目の前で


教員免許をとるためには避けて通れないもの、それが教育実習だ。
うちの大学は単位にもなるから、早めに申請して希望先に行けるよう手を打っておくというのが定石。俺ももちろん、実習先の受付が始まったら速攻で申し込んで、希望した通りの学校、俺の母校へ行けることになった。


「えーと、それじゃあ、今日は前と同じ、方程式のところからやっていきます。教科書の65ページ開いてください」

声が震えないようにと気を付けながら言うと、中学生たちは素直に教科書を開き、ノートや鉛筆を用意し始めた。
後ろでは数学担任がうなずきながらバインダーに何事かを書き込んでいる。俺の総評だ。
頑張らねばともう一度気合を入れて、問題の解説から始める。

チョークは滑るし教科書を取り落したりもしたけど、解説自体はなかなかうまくできたんじゃないかと思う。生徒からはたまに質問が出たが、それにもうまく答えることができた。はず。

「それでは、今から練習問題をやってもらいます。教科書の問いの部分を、50分までに解いて、終わったら70ページの問題を解いていてください。そこを今日の宿題にします」

カリカリと鉛筆の音が響いていく。
後ろの数学担任が寝ているような気がするんだが気のせいだろうか。昔からそんな風には見えていたけど。
教室内を回って、質問があればそれに答えていく。
このクラスは基本的にみんな飲みこみが早いようで、一度教えればあとはサクサク解いていった。
こりゃ50分までとらなくていいかなと頭の中で算段を立てていたら、自信なさげに手が挙げられた。速足で向かい、机のそばにしゃがみこむ。

「どこがわからない?」
「えっと……こ、ここから……?」
「だ、だいぶ最初のほうだね……」

えへへと照れたように笑うのは、緑川駿くん。
驚くなかれ、クラスの中でも小柄な彼は、ボーダー機関のA級4位という、恐るべき実力を秘めた少年である。
惜しむらくは、任務に駆り出されているためか、あまり頭がよろしくないこと。体育の時間は元気いっぱいらしいが。

ここ、と指さされたところは、前回の範囲。
そういえば、俺の授業はこれが3回目だけど、2回目を休んでしまっていたんだっけか。

「えっと、まずね。ここのxが、このグラフね。問題はここを……」

ペンで指しながら教えるも、どうもピンとこないらしい。理解しようとはしているようで、ノートには計算した跡があちこちにみられる。
どうしようかなあ、と考えて、ふと思いついた。

「……緑川くん、ボーダーだよね?」
「え? うん、そうだけど」
「近界民が三門市の5丁目あたりに出たとして見込む被害がxで、ここのグラフ。それが西に向かったとしてボーダーが食い止めて出た被害がこれ。そうすると……」

全てをボーダー関連の単語に置き換えてみたら、あっという間に緑川くんは答えを出した。きちんと正解を。しかも暗算で。
そういう考え方でいいんだよと言ったら、彼はさきほどまでのどよんとした顔と一変し、なるほど!と輝かしい笑顔を浮かべた。

50分を少し過ぎてしまってから、ひとまず解説をすることにして、その日の授業は終わった。


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