□天邪鬼の理由
結局、みょうじは週末の姉の手伝い、が具体的に何なのかは教えてくれなかった。
まあそんなもんだろうととっとと見切りをつけ、週末はおれも防衛任務があるので、気を引き締めた。
とは言っても、どうせ太刀川さんが来ればすぐ終了なんだろうけど。
案の定、近界民はあっけなく太刀川さんに真っ二つにされ、当初の予定よりもずっと早く終わった。
本部へ戻ると、太刀川さんは誰か捕まえてランク戦をするそうで、嬉々として対戦ブースへ向かって行った。柚宇さんは徹ゲー待機、唯我は予定があるとかで早々に撤収。おれは早めに終わったならと、そのまま帰ることにした。
ランク戦をしたい気持ちもありはするものの、太刀川さんや槍バカほど勉強面をおろそかにするつもりはないのである。
ふらふらと寄り道をしながら、町を歩く。
本屋で漫画でも買うかと算段しながら歩いていたら、視界の端に知った顔が映った。
「……みょうじ?」
いつもの花屋スタイル、もとい、白いシャツに腰から下を覆う紺のエプロン、花の手入れの道具が入ったバッグ。そんな格好のまま、ガードレールに腰掛けている。
その前には派手な格好をした女の子が二人。これがいわゆる逆ナンだろうか。
優しげな笑顔を向けたまま、紙になにやら書いて渡している。
しばらくしてから二人がいなくなったのを見計らい、おれはみょうじに近づいた。
「よう、色男」
「あーやべえ、超耳障りな幻聴聞こえてくる……」
「おいこら」
さきほどの笑顔はどこへやら、鬱陶しそうな視線をこちらにやるみょうじ。
が、いつもよりどこか元気がなさそうというか、疲れているように見える。
隣に座って、理由を聞いてみた。
「どしたよ、なんか疲れてるみてーだけど」
「あー……。今日結婚式の飾りつけやってたんだよ」
「結婚式?」
彼が指さした方向には教会がある。確かに看板は出ているが。
「花屋って、そういう飾り付けとかもすんの?」
「花屋っつーか、姉がさ。フラワーコーディネーターっていう……要は飾る人だわな。姉の仕事の手伝いに来たんだよ」
「あー、なる。みょうじん家が花仕入れて、お姉さんが飾る的な?」
「まあ、大体そんな感じ。うちのオーナーは親だから」
みょうじの口調に、いつものとげとげしさがない。
あっさり事情を教えてくれたり、これは相当疲れているようだ。教会の横にある道路をはさんだ、すぐ近くに自販機が見えたので、いったんガードレールから降りる。
「なー、みょうじ。お前何飲む?」
「なに、奢ってくれんの。じゃあお茶」
「はいよ。なんか疲れてるみてーだしな。花屋って大変なんだな」
「まーね……。昨日から徹夜だし」
なのにまた変なヤツ絡んでくるし、とぶつくさ言っている声を背に、自販機まで歩み寄る。ペットボトルの緑茶を二つ買いながら、変なヤツ、というのはおれのことか、それともさっきの女子たちかを考えてみた。
出口からペットボトルを取り出し、みょうじの元へ戻ろうと足を踏み出す。
その直後、みょうじがすごい顔をして立ち上がった。ぎょっとしたおれをよそに、すぐさまガードレールから腰をあげ、大股でこちらまで近づくと、おれの腕をつかんで引き寄せる。微かに花の匂いがした。
行動を疑問に思う間もなく、すさまじい速さの車が、今おれの立っていた道路を通過していった。
危ないという怒声や、女性のものらしい短い悲鳴があちこちから聞こえてくる。
……おれがあそこで立ち止まっていたら、違う意味の悲鳴になったわけか。
「さ、……さんきゅー……」
「……よく見とけよ」
「おー……」
トリオン体でなければ、おれはただの男子高校生でしかない。あんな車が突っ込んで来たらひとたまりもないのだ。
冷や汗が今になって流れてくる。
ひとまず緑茶を一つみょうじに渡して、自分もひとくち飲んだ。
「はー……危なかった……。つか、何今の車。いくらなんでも速すぎね?」
「中にいた奴、携帯いじってたからな。出水も道路渡るならまわり見ろよ。俺が引っ張らなかったら死んでたぞ」
「おう……。いい意味で意外だったわ、お前がおれ助けるとか」
「は?」
だっておれの事嫌いなんだろ、と聞いてみた。
まあここで助けなきゃよかったとか言われたらそれはそれで落ち込むけど、みょうじの普段の言動からすると、そこで止まってろとか言うだけにとどめそうな気がした。
こと、嫌いな俺が相手なら。
だが、何を言っているのか心底わからない、というように、みょうじは顔をゆがめた。
疲れが浮いた顔が煩わしそうにため息をつき、ペットボトルのふたを開ける。
「出水の中の俺、どんだけ非道なの」
「非道っつか、おれにだけ超態度悪いよなって」
「あのさあ。俺出水のこと嫌いだけど、アンチじゃないって言ったじゃん。死ねばいいとまでは思ってないよ」
呆れを吐息にして盛大に吐き出し、みょうじは緑茶を一気飲みした。
「目の前で同級生死んだら、気分悪い」
ぽつんとつぶやかれた言葉が、やけに耳に残った。
それがボーダー入りたかった理由なのか、と聞くのはなぜかはばかられて、おれは胸元の赤い花を見つめていた。
「そーいや、さっきの女の子らに何渡してたんだ?」
「連絡先聞かれたから、俺ここにいつもいるからって出会い系のアドレス渡した」
「鬼かお前!!」
デンファレ:お似合いの二人
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